来たりて討ち取れ


 境界線上に布陣ふじんしたのはわず十余名じゅうよめいの花守。そこに向かって四方八方から押し寄せる瘴気の怒涛どとうすべてが霊魔。この世ならざる現世うつしよの敵である。理由は明白。。だから間違いを正すように、その空白を――現世を埋めにかかる。


 まるで、大雨に荒れた大河にぽつりと置かれるのようだ。だがどうしてか――だがどうしても、その最後の一片を塗り潰せない。


「次。三番」


 鳴りやまない大怨声だいおんせいの中、静かに令がくだった。


 白地うつつ黒墨かくりよに呑み込まれる――刹那せつな。無色の極光きょっこうが凡てを薙ぎ払った。


「〈漁火いさりび〉」「〈夕菅ゆうすげ〉」「〈雪之丞ゆきのじょう〉」


 炸裂する。霊魔の波ははらわれ、自身を形作っていた瘴気を胞状ほうじょうに分解されて夜に散る。


「下がって良し。二番備え。一番、出るぞ」


 洲の名は百鬼なきりの一門。幽世へと堕ちた深山みやま古谷こたに間に陣を敷き、包囲された状況で尚――その『無尽蔵』に対してを仕掛けるひとでなしだった。


 中心は先刻、渾身こんしんで一撃を放った分隊が、それぞれの刀霊とうれいに瘴気の浄化を行わせている。


 その総数三十六本。凡てが八百年間――六十三代に渡って継がれた血刀けっとう、百鬼の『椿つばき』である。


 放ち、下がり、備える。無限に返しては寄せるに対して、瞬間瞬間をしのぎきってはそのたびに波を削る。


「〈そそぎ〉」


おう


「〈せつ〉」「〈あらた〉」「〈那由他なゆた〉」


 通算不明。元より数えてなどいない、繰り返される奔流ほんりゅうを――


「「「おぉッッッ!!」」」


 ――大神オオカミの牙が食い破る。


「一番下がって良し。次、二番……さて」


「椿様?」


 分隊が入れ替わる。当主、六十三代目の椿は前に立ったまま、その先の闇を見据える。――感情を排した、蟲のような瞳で。


が上がったな。デカいのが来るぞ。二番、一刀でせろ」


 言葉の通りに、常夜とこよの世界で尚際立つ黒さ――影が持ち上がる。


餓者髑髏がしゃどくろか。そろそろ絵巻が作れそうだな」


「長い付き合いですが椿様に絵心があったとは知りませんでした」


「ハッ。あってたまるかンなもん」


 住宅一棟より尚おおきい。見上げたソレは、おびただしい数の霊魔の集合体だった。


〈雪〉を鞘に納めながら軽口を叩く椿の後ろで、で握られた野太刀のだちの神気が渦を巻く。


きます」


「応」


「「〈ここの〉――ッッ!」」


 月の光帯こうたいに似て。解き放たれたそれはあまねに大霊魔ごと景色を切り離した。


 瓦解する。真っ黒な雪が崩れるような瘴気の崩壊。駄目押しとばかりに椿が踏み込み、打刀うちがたな鯉口こいくちを切る。


「――〈兵太夫ひょうだゆう〉」


 ぱしん、と。平手打ちのような渇いた音と共に、あらわになった霊魔のを断ち切る。


 一陣の風の後、視界が晴れた。抜き打ち、納刀した〈兵太夫〉を後ろに放り、椿は煙草を取り出そうとし、その手で


『つばきっ!』


 消し飛んだ瘴気の向こう側から現れた存在に、同調した〈薄氷うすらい〉の声で、自らの脇差を抜いた。


 耳鳴りに似た、長く伸びる刃金はがねのかち合う音。


「わあ!」


 怨嗟えんさこえが渦巻くこの場にいて、歓喜の声が肉薄する。


 鮮やかすぎる一刀。防いでみせたものの、〈薄氷〉の声が無ければそこで終わっていた。


 押し退ける。そして椿も一歩下がる。


「続けてろ。


 一門がその令に、各々の仕事をまっとうする。


 洲に、ひとつの綻びが生まれた。ならばそれを埋めようと、霊魔の大群はそこに割って入ろうとし――


「邪魔ぁ……しないでくれますかァッ!?」


 。あまりにいびつきらびやかな神気。


 初めての邂逅かいこう。再会する半身はんしん



 ――確信があった。


「貴方が――百鬼なきり椿つばき


 名乗り合わずとも、なのだと。


 ――確信があった。


「オマエが――梶井かじい浩助こうすけ


 これが、相対する存在これこそが自分にとっての『宿敵』だと。



 ……男は、ヒツジの群れの中に一頭だけ紛れている肉食の羊だ。同じ社会せかいに暮らし、夜毎よごとに同族を食らう。ヒトヒトは殺せない。


 。その不条理を――黒羊を殺す存在は、昔からオオカミと相場が決まっている。


 ――〈魔人〉と〈鬼〉。ふたりのは今夜出会い、別れる。


嗚呼ああ……つきが、綺麗ですね」


「見えやしねェだろ、そんなもん


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