夜を駆ける


 ――それは、大地にえがかれた夜空を引き裂く流星のようだった。


 帝都夕京ゆうきょう市を流れる丸奈川まながわが、直喩ちょくゆ的にとして此岸しがん彼岸ひがんへだてた現状。此岸……柊橋ひいらぎばし区から真東まひがしである深山みやま区へと花守隊が突入した。


「……ッ、う」


 で全身を震わすその異物感。この場所がという実感。砂のような空気。濃密な瘴気。深山ここいてはであるという、世界からの拒絶感。


「ッッ〈なぎ


 それを。


かぜ〉ェ――!」


 と共に振るった刃の煌めきが全否定する。


 違う! 深山ここと、その一刀ではらわれ散る霊魔ごと視界で隊長――〈夕京五家〉当主が一、朝霞あさか神鷹じんようは証明する。


 眼前――その男のいさんではばむモノは存在しなかった。


「総員、特攻! 目指すは深山大霊脈ただひとつ……だ!」


 その号令に、深山全域から発生し途絶とだえることのなかった怨嗟えんさこえを押し退け、彼の背後でときの声が上がる。


 直下で聞く花火のごうに似た音圧に押されるように先陣をきって駆け出すその背中を、置いて行かれないように走りながら深山杏李あんりは見つめていた。


 ――神域しんいきに至ったつるぎ。花守として最低位階の保持霊力を極限の人体運用で補い、霊魔を斬って祓う者。義兄あに。自身の寄辺よるべ。あこがれのひと。


 振るい続けた年月と想いが、折れてなおも刀身に宿り、私を動かす程に。


 だと言われた。実際そのように証明できてきたはずだった。今この瞬間までは。


 


 呼吸。視線。筋肉の起こり。霊力の発動。連動する身体。先頭を誰にも譲らず、立ち塞がる霊魔を斬る。止まらない。開いた戦端。抜かれてから一度も鞘に納まっていない〈凪風〉の神気はその軌跡きせきを残光として留めている。まるで光り輝く一条のおび。天女の羽衣を連想させる。



 離れずに駆ける。同じように斬り伏せる。それでいて近づけない。朝霞神鷹は完全復活を遂げてなどいない。一歩一歩が死に向かっている。でも、止められない。


 ――あまりにも鮮烈で美しく。そして


 とこに伏して咳き込んでいた姿が遠い日のように思えず、実際遠くなかった。


 なのにおとろえない脈動。欠けない精彩。花守としての使命。夕京五家としての重圧。使と定めたその命を、どうしても止められなかった。


 号令を下す時に、を見なかった。北の空。もう一つの戦場。


 この深山と地続きの古谷こたにの境界。そこにみずから包囲されにき、逆にを仕掛けるなどという噴飯物ふんぱんものの役割をになった一門を。


 一夜っても彼らの全滅の報は届かなかった。当たり前に尽きる。それを届ける者さえ存在しないのだから。


(あぁ、だから。)


『ただひとつだ』


 一刻も早く。一瞥いちべつる時間さえ惜しんで、この夜を駆けているのかと。


 百鬼かれらを救うには、この世界を救わなければならないのだと。


 ――心と体。その間にる写し紙一枚分のが、ぴたりと重なった気がした。



 それらの追想は走馬灯のように一瞬だったか、それとも現実よりも遅かったか。


 変り果てようとも郷愁きょうしゅうを覚えることを期待していなかったといえば嘘になる。けれど結局そんなモノは感じられなかった深山うまれの街を駆け抜けた先。丘の上に建つ、三方を森に囲われた大邸宅――深山家。


 その、かつて自分と神を閉じ込めた自邸わがやを見上げ、深山杏李は息を吐いた。


「往こう」


「はい」


 坂道を上り、階段を上がり、堕ちて尚も帝都にその威容いようを示し続ける洋館、深山家が――




「――朝霞家当主、神鷹。参りました」



 ――招いた客を受け入れるように、そのくちを開けた。

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