最終話【はるをまつ。】

第二次丸奈奪還戦/弐

休穏決起


「はい。作戦は三日後に。……いえ、痛み入ります。それでは失礼致します、首相」


 ぶつり、と向こうからの交信が断たれるのを確認して、壁掛けの機械から伸びた筒を戻す。ややあって、花守隊作戦参謀・羽瀬はぜ斎宮いつきは深いため息を吐いた。――疲れが溜まっている。眼鏡メガネを外し、親指で眉間みけんを揉みほぐす。もう戻らねば。


 激務と言えばそう。何しろこの国の未来が懸かっている。それでもどうしてか、こうなる以前の内政に勤しむよりは、花守風に言うのなら『』とも思った。


 司令室で前線を知らぬ高官たちの見当違いな会議に比べれば、余程よほど。この現状を託された花守たちは誰もが当事者であり、前線に出ない者の方が少ない。作戦会議にしても〈夕京五家〉は家の面子めんつをどうこう差し込まない。


 最も効果的な作戦を。最も効率良く。できるだけ早く。


 花守ではない彼に求められたのは、そこにヒトがましい感情を入れないこと。押し殺せ。花守かれらの手を血で汚させるならば、自身の指には記墨インクを。


 きびすを返す。眼鏡と共に冷徹れいてつを掛けて、彼は彼の戦場へとおもむいた。



 /


「……つまり」


です。深山みやまに攻め込み、即座に完遂かんすいさせる」


「まァ、だな。その間に回復できなかった連中は桜路おうじに下げる」


「ここに来てか……致し方ありませんね」


「ええ。ワラにでもすがりたいものですが、


「では本部の指揮はこれまで通り、かこい家にお願いします」


 そうして作戦は決まった。


 丸奈川まながわより西は、すべて取り戻した。川を越えた先は正真正銘の。残る古谷こたに区と深山区を、奪還する。


「……本当に、これでよろしいのですね? 百鬼なきり殿」


「いい。こっちは任せろ。そっちは任せる」


 いまだ、この【霊境崩壊】を招いた深山名護なもりとその刀霊〈生駒いこま〉の動機は不鮮明なまま





 /


「…………コウスケ。君には迫間はざまの霊脈の奪還阻止をお願いしたんだけれど」


「あ」


 齟齬そご。深山名護と梶井かじい浩助こうすけにはきちんと理性が存在する。そのうえで、二人には大きなへだたりがあった。


 共に明けない日を願った者同士。その意味ではふたりは同じ方向を向いている。けれど。


「でも深山様は『深山で待つ』ともおっしゃったんでしょう? その通りになったわけじゃあないですか」


 ……。その、理外の理性の先。この〈魔人〉を、この侭にしておいて良いのか、という危惧が〈生駒〉にはった。


「ふう。じゃあ、そんな君にだ。彼らも今度は此処ここに来るだろうが、古谷を君に任せたい」


「朗報の意味を解ってらっしゃいますか?」


 花守が深山に来るのであれば、誰よりも花守を――生きた人間を求める梶井にとっては深山こそが、その本懐ほんかいげる場所だというのに。


「いいや、今度こそ。君が真に求める者が」


 その名を聞いて、彼の瞳はランと輝いた。




 /


 電撃戦を行う、という作戦概要よりも。続いた言葉の方がよっぽど電撃めいていた。


「っつーわけで、古谷には。あそこには霊脈が無ェからな」


 されど無尽蔵。深山攻めを行うにあたり、古谷に蔓延はびこる霊魔は捨て置けない。羽瀬斎宮と百鬼椿つばきの立案で『迫間の獄卒』を果ての無い消耗防衛線にてる。


「ンで、今をもって深山杏李あんりの警戒態勢を解く。以降はりつと一緒に。作戦決行は三日後。きちんと休んでおくこと。以上だ」


「え……あ、」


「そんな……!」


 どちらも地獄行には変わりない。けれど古谷と深山、どちらに戦力を割くべきか。迫間の奪還をて尚、深山杏李の暴走がなかった今、その札は後者に切るべきという判断。


 そして。


「深山組の総大将は――任せるぜ。しっかりやれよ、


 椿の後ろから姿を現した、その青年。




「あぁ……解かってるよ、椿」



 ――朝霞あさか神鷹じんようが、其処に立っていた。


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