牡丹と■■■
霊脈を奪われた土地で、現実を保ち続けた唯一の場所なのに。どうしてか現を欠いている、というのが『鬼の棲む家』――
退魔の
瘴気のいっさいを排した、荒れてもなければ果ててもいない
当の百鬼家の人々はそんな律や
空気の入れ替えのために
その、彼らにとっての『当たり前』は、葬式の準備を執り行うことに
気づけば二人は居間に通され、用意された
……名称に対して皮肉なほどの
視線の向こうをなぞる。その空虚さの由来を、律は唐突に理解した。
あっても良さそうなものなのに。このお屋敷には桜がないのだ、と。
やがて、
「……はっ」
何か色々と考えていた
……もう、
椿様はどうしているのだろう、と。瞳を閉じて間も無く。緩んだ緊張を見逃さず、律の意識は眠りに落とされた。
/
月と星の下。人々は眠り、街はもう真っ当に死んでいる。夜半、百鬼椿は
常と変わらない装備。白染めの隊長服と、
〈
半年を
一匹も逃さない。
例外は無い。たとえソレが――
「……御館様」
「よう。そういや日に二度ってのはなかったな、
誰よりも美しいと思う、
/
「ふふ、
予感はあった。霊脈奪還の時、幽世へと渡る
「まァな」
「あら意外。嬉しいわ? 女の子を連れて来ていないのも、加点してあげます」
「そりゃどうも。意外なのはおれの方だよ、お前さんが道理を踏み
死者の瞳が
「……妾としては、みんなと一緒が良かったけれど。ね、その刀を
甘えるように。
「もっと近くへ。座ってお話しましょう? 夜はもう、短いのだから」
明ける日が在ることを知っていて。その霊魔は、誘うように願った。
――果たして、椿はそれに応じる。二刀を鞘に戻し、女霊魔の真正面に腰を下ろす。
血脈に刻まれた本能が、いつでも
「……なあ。どうしてだ」
刀霊の神気と自身の霊力が
「お
唇に指を当てて
「昔、ちょっと話したでしょう?
「あァ」
「猫が仕事をしないって。その話は、貴方の耳に入れておきたくて」
「もう十年も昔に聞いたし、半日前にも同じこと喋ってたぞお前さん」
「うん、うん。
死んだ脳が、道理を捻じ曲げて
「――猫が減っていたんですって。最初は
「…………」
「
「……で? まさか猫の話する為に世を売ったっつーわけ
「うん。その話をした人らね、飯番も含めて、みんな一緒の区の人なの」
「つまりはどっかで集中的に猫が減ったってか?」
「うん。覚えているかしら。
「あァ」
「猫が居なくなったのも、古谷なの。えぇと、えぇと。妾の考えを言っていーい?」
「どうぞ」
結果は変わらない。話が終わる時は、彼女の死を改めて執行する時なのだ。
「練習を、していたのだと思うの。まず、小さな猫から始めた。それで学んで、ヒトを殺すようになった」
「……あのなァ富貴。悪ィが警察の仕事にまで手ェ伸ばすのが花守の仕事じゃねェンだよ」
「うん。だから、貴方の……百鬼の耳には、入らなかったんだと思う。その犯人、妾が死ぬ日まで、捕まったって話は聞かなかった。どころかもっと前に、成りを潜めて、みんな忘れてしまったのよね。人の噂も七十五日って言うけれど。妾は死んじゃったけど、死んでいる間に考えたわ? それでね御館様。その噂が聞かれなくなったのは、妾達が二十歳になった頃で」
古谷に始まり、
「御館様が刀を二本持つようになった、ちょっと前」
この、まだ平穏だった迫間で――その凶器が、担い手の願いごと折れた日に、終息したのだと。
「…………おまえ」
まさか。
「だから、
その男。
世が
――〈魔人〉
「伝えたくて」
花魁として死に、渡る道を拒んでまで。椿に情報を与える役目の方を、選んだというのか。
そうなったら椿が自分をどうするのかまで、解かっていながら。
「……御免なさいね。妾、アタシ、貴方を汚したくはないのに」
「…………いい。全部
はらはらと落ちる。何度か見たことがある。この女は、泣く時に
「アタシね、ちゃんと歌も踊りも、お酌も覚えて、成ったんだよ。遊女に」
「あァ、見てきた」
「名前も、富貴姫って。同じで、嬉しかった。貴方が椿になったように」
「あァ。盛大に祝ったもんな。覚えてるよ」
「でも若様は、アタシを抱いてくれたのって最初の一回だけだった」
「おまえ自分の価値
花弁の最期の話だ。桜は雪のように散る。
椿は、枯れることを
「アタシ知ってるんだから。ねえ、
そしてその花は、大粒の涙を流すように、泣く。
自分だったら一番良かった。でも、自分でない誰かを選んでくれても良かった。
――
「おれとしては、おまえがさっさと太い客に
「……バカ。アタシ、待ってたんだよ。あの日も。夜が明けなくなってからも、ずっと」
「そりゃ悪かった。だけどさァ、牡丹。おまえみたいな、」
〈
椿は
「――おまえらみたいな
すぱん、と。未練も情緒も感じさせない
「……ずるいひと。こういう時は、お前だけだって言うものよ、 さま」
発散される瘴気。
――半年ぶりに、迫間の遊郭を朝陽が照らす。
椿が屋敷に戻ったのは、その後だった。
/〈
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