迫間と百鬼と鬼と鬼



『――そっかあ。じゃあ、アタシとおんなじだね』


『成れたらの話だろ』







 /


 花守とは、ひとえに霊魔と戦う者たちの総称である。


 覆らない前提として、彼らは刀霊かみとの契約が必須である。


 ゆえに、その血脈を継いできた家はほとんどが神職……神社の神主や巫女、という体系を構築してきていた。中には旧士族――かつての侍――や仏門など、が由来の者たちや、突然変異のように力に目覚める者も居たが。


 八百年間この地に根付いた百鬼なきり家はけれど、その主たる迫間はざま家とは違い、やしろを構えることはなかった。


 代わりに持たされた怪異狩り以外のが、とどのつまりこの遊郭街ゆうかくがいにおける顔役――もとい、用心棒だった。


 此岸しがん彼岸ひがんを隔てる番人は、現世にいてもの間に立ち、その道理を護る役割をてられていたのだ。



 はそうして今日こんにちまで永らえてきた。



 /



「とまァ、百鬼ウチのあらましはこんなもんだ」


 きしまない板張りの廊下は迷路のようだ。だというのに百鬼椿つばきは迷いのない足取りで少女ふたりを引き連れ、死霊しりょう溢れる遊郭を進む。


 ――半年も経っているのに、埃の積りさえない廊下。それは、手入れをしているが在り続けているからで。


 けれども、この迫間区で生きている者はもはや外から来た花守われわれしか居ないということも知っていて。


 だから〈幽世かくりよ〉に成ったこの迫間に暮らす死者だれかの営みに、が宿っていない限りは、腰の刃を向けることはなくて。


 だから塵殺おうさつの必要性は  無い。



「あ、あの椿様。……それで、ここに、何が?」


 控えめに問うりつの声。追従するような深山みやま杏李あんりの瞳。


「ただの勘っつーかなんつーか。ちまたに霊魔が溢れる瞬間まで、だったからな。そうなっちまったらおれにはやる事だらけだから、此処には来ないままだったンだよ」


 迂遠うえんな回答と、辿り着いた奥座敷おくざしきを閉じるふすまの連続は、どこか似ている。開いては進み、開いては進む。こうした遊郭の、上客が目当ての遊女に出逢えるまで期待感を煽る設計は、あるいは寝物語の結末に向かっているようにだ。


 ――お宝の眠る蔵の前に、最後の障害が立ちふさがるところまで、似ている。


「っ、百鬼様……!」



 最後の衾の前にはがいた。百鬼家の揶揄やゆでも比喩ひゆでもなく。少女たちの胴ほどもあろうかという太い四肢しし。見上げる程におおきな図体ずうたいおよそヒトが持てぬであろう長大な野太刀をたずさえた、黒い怪異。平安の頃ならまだしも、慶永けいえいの世ではまずまみえることのない、



「ハッ」


 椿は笑う。


百鬼ヒトの居ねェ間に、一丁前に番人気取りか」


『■■■■■■――!』



 咆哮に乗る、生への悪意と殺意。


 並の者なら、聞くだけで心を折られ、ただ肉塊になる自分を待つだけの圧に。


一合いちごう防ぐ。膝を付かせろ」


 二刀を抜く椿の号が踏み込みと共に放たれた。意図を解したふたりが瞬時に動く。


 ――などこの場には、一人とて居ない。


 鬼が野太刀を振りかぶる。椿の洋靴ブーツの先が、座敷に敷き詰まった畳を一枚、蹴り上げて鬼の顔めがけて飛ばす。


『■■ッッ!』


 小賢しいとばかりに鬼が無手の左で畳を弾く。右の野太刀が落ちる。ひゅ、という呼気。切断ではなく圧壊。上等な床ごと人体を粉砕する鬼の一撃はしかし、


 轟音と共に打ち込みきったにも関わらず、たったひとりのひとでなしを潰せずに、ソレが左手に握った大刀に阻まれた。


 目を見張る一瞬。防がれた一合。


 すぱん、と同時に鳴った空を切り裂く音。


『……!?』


 巨体が沈む。倒れまいと左手を付く。鬼は、自身を構成する瘴気、その脚の部分をはらわれた事実を認識し、驚愕し、




「〈そそぎ〉、〈薄氷うすらい〉――『鋏』」


 今やこうべを垂れる姿勢となった自分の首の両端に、長さのいびつはさみが触れているな、と何故か他人事のように思い、そのまま、じょきん、と小気味良い音で――



 /


 合わせた一刀の結末を振り返った律と杏李は、首を落とされて消える鬼と、その過程で発散される瘴気を浴びながらも息一つ乱さない椿の姿に、もう何度目かの恐れを抱いた。


 どの花守よりも、瘴気へのがあるとされる百鬼家。その長。


 初めて踏み入ったこの迫間のすべてを、おぞましく思える内はまだ大丈夫だ、と言われた。



 ――では、貴方の瞳にはいま、この迫間はのですか。


 問いかけた口が、二刀を納める鍔鳴りにつぐまされる。


 椿が最後の衾を開ける。


 果たしてその奥には、



わりィ、遅くなったがつら見せに来たぜ、富貴姫花魁ふきひめおいらん



 ――とても、とてもおぞましい死体が座って、彼の来訪を待っていた。


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