伐神/ある黎明の前
白く染まる吐息。
/生命活動を止めた末に得た幾つもの眼球が、波紋状に打ち破られる空気の壁を視認した。後方に弾け飛ぶ庭の土が、いやに緩やかに思える。二の踏み込みへ上がる脚。構えはそのままに沈んで上がる瞳が月色の残光を引いて――その駆動が、そうであると認識するよりも速いと知る。斉一はもう確かに死んでいると自認しているが、それでももう既に死んでいるのではないか、と加速しきったままの自身の思考に走馬灯を連想した。良い運びだ。余計な記憶の再生など
「……ッ!?」
影が、真黒い水溜りのように、ぱしゃりと鳴った。
(これは囲の護法術……!?)
守りの囲。符ではなく影を媒体とした至近距離用、対霊結界術――!
椿の躰が縛り付けられたように停止する。
作られた明確な隙。
「
ばちん、と紫電が弾ける。時間にして一秒未満。
「、せェェッッ!」
踏み込んだ侭の椿の左足が更に地を強く踏み締める。
大刀〈
――月光すら切り裂く百鬼の必殺を放った瞬間。椿は斉一の意図を理解した。
秒未満の隙を
先の術は、必殺を反撃する為に設けた、
認識を超えられた速度。推し測れない全霊での威力。見えない刀長。だからこそ、その機だけは逃せない。死して
二ツの
――果たして、百鬼椿渾身の袈裟斬りを満を持して囲斉一の黒刀が止めた/刀身を滑らせ、外へと流し、返すよりも先に胴を薙ぐ。
。/筈なのに。
「……クソ。これだから、」
動くうちに視線を横に流す。握った誰かの打刀は、一瞬前よりひたすらに軽くて、まあ当然か。
百鬼一輪挿し、『
それを持つ霊魔を、一刀両断にした。
「刀霊なんてのは、信じられない」
それが、囲斉一の真実。誰が知ろうか。物心ついた時にはもう、この世ならざるモノたちの姿が視え。内に秘めた霊力は一族の歴史でも頂点に在り。〈夕京五家〉の
居ることは解っていた。視えていた。知っていた。話もできた。でもさ、でもさ。だからどうだっていうんだ。神様なんて言われてて、でも物事を考える基準がまるで人間と同じように違ってて。永く在れたら偉いとか、よくわかんないし、だいたい――
「……ボクはさ、百鬼」
「あァ」
「たぶん、心の中に他人が座る椅子ってのが、ないんじゃないかな」
「今更なに言ってンだよこの
父上の言うことを聞いていれば、未来は明るかった。
お婆様の事だって、歳のワリには頑張ってるし、別に早く死ねとか思わなかった。
でも他の奴らなんてどうしたって、どうしたって同じになんて見れなかった。才能も、血筋も、学も、見てくれも、品性だって。
だから、ああ、でも。椅子は確かに在ったんだ。けど座れるヤツなんて、神様なんて曖昧な連中じゃあなくってさ。
「悪い百鬼。面倒かけた。
「らしく無ェ気の回し方してンじゃあねェよ斉一。
「うん……」
(コイツ、マジでさあ……)
完全に袈裟だと思ったし実際袈裟だったのに。刀が合わさった瞬間、外に流す力よりも強い力で内に流れて刀ごと首を
〈
あまりにも穏やかな死の
『どうして百鬼は霊魔の首を斬るの?』
『なんでってそりゃあ――』
便利が良いのだと椿は言った。死者に、もう一度死を認識させることをし
「椿……君は、」
「……時間を喰い過ぎた。
椿は
「……少しはマシにするッつったが。さてどう帳尻合わせたもんかなあ」
――花霞邸襲撃事件は此処に幕を下ろす。数多の死者、霊魔を出したこの一件から僅か数刻後。
夜明けの来ない
そこには、何事もなかったように百鬼椿と深山
/〈花霞邸襲撃事件〉了。
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