花霞邸襲撃


「……百鬼なきり様。これはどういうことですか」


 結局、矛先は椿つばきへと向いた。この深山みやま杏李あんりという少女には朝霞あさか神鷹じんようを強く問い詰めることなどできず、また椿は仔細しさいを知り得ないが、かこい斉一せいいちとの間に何らかの確執があるのは目に見えている。……これは、嫌悪か。椿から見た斉一の性格からしても意外感は無かった。接触があったということ自体は意識の外だったが。


 何せ斉一コイツだからなァ。


 この少女からしてみれば当然の帰結というものであろう、と。


 囲斉一。〈夕京五家〉が一、囲家の嫡男にして天賦てんぷの才を持ちながら。名家に生まれ、やがて来たるであろう輝かしい未来は、と同義の周囲から抱かれる期待。


 期待ソレを、裏切った男。同じ五家の嫡男である朝霞神鷹と同じような境遇だが、神鷹の方は生まれた時にその身に宿した霊力ので。


 斉一の方は刀霊とうれいとの契約の儀を行う段になって、適性の無さが発覚した。


 どちらも周囲が勝手に持ち、幼いふたりに乗せた期待と絶望だ。だが椿は知っている。


 勝手に乗せ、勝手に取り上げたその荷を、死に物狂いで取り返した男のことを。


 当然と乗せられ、当然だと奪われたその荷を、必死に取り戻そうとしている男のことを。


 知らなかったといえば、仮にも夕京を霊的に治める五家の誰もが、斉一の適性の無さについて、その理由に行き当っていなかったことだ。にすら行き付かないというの当たり前を、知らなかった。


 椿自身、自分に咎はないと思っている。きっとそれでもまあ、良かったのだ。


 平穏なままの慶永けいえいの時代に、形式ばかりの花守が居れば。


 その結界を保ったままでいられたのならば。



【霊境崩壊】などという災禍が起きさえしなければ。



 ――らねばならぬ刃が、鞘に納まったままでいられたならば。



 たらればを挙げればキリが無い。現状はくつがえせない。


 朝霞神鷹はこの災厄に立ち向かえるだけの開花をし、崩れた。


 囲斉一はこの災厄に立ち向かえるすべを持たないまま、腐った。


 それだけの話だ。



たばかって悪ィな深山のお嬢さん。作戦はからだ」


「なっ……では、他の方々の姿が見えないのは、」


「あァ。もう出払っちまった後だからだよ。手薄になった花霞邸かすみていに神鷹が残ったままっつーのは具合が悪い。だから斉一を護衛にした」


「そんな……」


 斉一を神鷹の護衛に、というのも認めがたいのだろう。それもある。だが、


、作戦を実行させようと言うのですか……!」


 その選択に、かつては抱けなかった義憤が爆発する。


 霊魔に殺され、霊魔に堕ちた花守を間近で見た。


無銘むめい〉の残滓おもいに動かされたままとはいえ、この世の出来事だとは思えない場所で剣を振るった。


 自身で選び取った後も、戦サ場で数多くの霊魔をたおしてきた。


 いつ堕ちるか定かではない不安定な自分に芽生えた、戦える、戦って役に立てる、という自負心。


 それより遥か多くの霊魔の首を落とし続けてきた百鬼椿が、最前線よりも朝霞神鷹を優先させた。


 喜ばしいのに、喜べない。歓迎すべきはずだ。杏李にとって取り戻したいのは夕京ゆうきょうの暁などという漠然としたモノではなく、朝霞神鷹のくれる安息だから。それを護るのが、誰より強いと――気づけば神鷹よりも長く同じ場所に居るようになっていた――確信できる百鬼椿であるのならば。


 暁を、自分とは違い、確りと思い描けているはずなのに。この方は。


「どうして……!」


 神鷹と斉一がたじろぐ気配。だが止まるつもりはなかった。理不尽な詰問きつもんであることも解かっていたが、問いたださずにはいられなかった。


 その義憤ねつを、



「はン。まるで救世ぐぜの英雄にでもなったような口ぶりだな――


 ひとでなしは封殺した。


「おれが居ない。オマエが居ない。。なンだ、オマエ、他の花守連中のお守でもしてやってるつもりだったのか?」


「っ!」


「お嬢さんが思ってるほど、本職の花守ってのはヤワじゃあねェンだよ。確かにほとんどが霊魔の現物なんぞ知らずに過ごしてきた。それは幸福だが、そうも言ってられない。……いま生き残って戦ってる連中は皆、等しくお前さんよりも長く地獄を見て、そこに留まっている。だいいち――」


 続いた言葉は、或いは杏李に向けたものではなかったのかもしれない。


「だいいち、椿おれを勝手にえるな。面倒臭ェ」



 そこで、言葉は絶えた。


 何かを口にしようとする杏李。目を伏せる神鷹。言うだけ言って息を吐く椿。


 やがて、空気の重さを嫌って斉一が口を開いた。


「……ま、だもんな百鬼は」


「解かってンなァ囲のボンは」


「嫌味なんだけど!?」


「解かってンだよなァ。たおすぞ」





 瞬間。閉まった扉越しに、その二つは放たれた。


「――――いや。君は正しく君自身を評価すべきだ、百鬼六十三代椿」


 言葉と。それよりはやはしった百足ムカデのような


 中空ちゅうくうでのた打つような軌道でって、花守でさえ即座に堕しる濃度を持って――もう少しの瘴気を浴びてはならない朝霞神鷹へと襲い掛かった。


「「「――!?」」


「ぶ、」


 動けたのは椿ただ一人。けれどそれも、


「ご、ぁ……ッッ」


 たった。百足と神鷹の間に身を滑らせるまで


 完全なる不意打ち。椿の刀霊〈薄氷うすらい〉でさえその存在を、この濃密なる瘴気の発動まで感知できなかった。


『つばき……!』


「椿ッ!?」


 ――迫間はざまでも、山郷さんごうでもこんなことはなかった。誰も見たことが無い光景。椿


 椿の首のあざが、誰の目にも鮮やかに赤く染まる。


 抜刀かなわずとも、半ばまで〈そそぎ〉の刃を開いたのは埒外らちがいわれる所以ゆえんか。


 けれど百足は止まらない。椿の身体を貫通し、神鷹に迫る。


 この濃度。触れさえすればそれで良い。その絶望。杏李の思考が漂白される中。


、え……ろッ、〈雪〉、ィッッ!」


 


 渾身の納刀。竜巻たつまく吹雪のような神力。響いた鍔鳴りが、雲を穿うがつ流星のように瘴気を掻き消した。



「……うん、やはり此処に来て良かった。神鷹君一人ではなかったのは誤算だったが、結果としては喜ばしい」


 声は穏やかに。扉が開く。


 杏李の瞳が金色に輝く。〈無銘〉を抜きながら振り返る。斉一も軍刀サーベルを抜き、最奥の寝具ベッドの上から神鷹は声の主を見据え、床に這いつくばった椿は見上げた。


「やあ、今晩は良い夜だ」


 果たして、そこに居たのは。


「――迎えに来たよ、みんな」



 三人が知らない、男だった。


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