飾織は赤。
音を吸うような雨の日の、静かな昼下がりだった。
〈霊境崩壊〉の憂き目に遭った中で、被害を最小限に留めた地区は
人通りの多い中を歩く彼は
独り歩く彼は、ふと最後にこの商店街に足を運んだ時の事を思い出していた。
あれからまだ、半年と経っていない。その時は二人で、晴れた日の下で、何か他愛のない話でもしながら、だったと思う。
目的地は同じだった。店内の商品が
傘を畳み、艶のある
「いらっしゃいませ――まぁあの時の! お元気でしたか! 良かったぁ……ささ、中へどうぞ!」
出迎えた女給姿の店員の、驚きの後の咲くような笑顔。その反応は予想できたものだった。
――いまを生きている誰しも。自分が見てきた顔の幾つかは、もう見る事はないのだと認めざるを得ない状況なのだ。……自分の顔を覚えられていたことだけは、少し意外ではあったが。
「……ええと、本日はお一人、でしょうか」
その、知っているのは客としての顔くらいで。名前も知らない相手の事に踏み込むのは不躾であると解っていながらも、その連れ合いの安否がどうしても気になって出てしまった問いの言葉に、青年は、
「ン……あぁ、心配せんでも連れは元気でやっているよ。今日はおれだけの用事で買い物に来たンだ」
――
/
霊境崩壊が起こるより前の、ある日の話だ。
『椿、椿どうしよう……僕は彼女に、
『……おれは『
確かに幼い頃、人前で無様を晒すなという
……幼馴染の成長や、婚約者との相性に問題がない事を喜ぶべきか否か。椿はほぼ自分専用となっている灰皿に、
『つーか年頃の
『だっ駄目だよそんなのは! 朝霞の当主がそんなみっともないこと出来るわけないだろう!』
『絶妙に
椿は
それから、それが何であれ神鷹が七香のことを想って選んだ物であるのなら、喜びこそすれ決して嫌がりなどしないだろうということ。
なぜだか否定する部分を見出せない強い確信を持って告げられたこの三つを聞く間に、朝霞家当主の表情は三度変わった。
本当はもうひとつあったのだが、それは胸の
軽いどころではない、正真正銘の
神鷹は納得した。椿にとっては当たり前である。確かな裏づけに基づいた言葉だったのだから。
――つい先週、当の朝霞神鷹の婚約者に、同じ事を訊かれもすれば
話は終わりだな、
あいや待たれよ百鬼殿、まだ終わってはござらん。
要約すると。帰ろうとした椿を『やっぱり不安だから椿も一緒に選んでくれ!』という幼馴染の手を振り切れず、半ば以上の諦観を
/
あの時、神鷹が選んだ
「それで、首尾の方は
女性店員はかつて訪れた、この客の連れ合いは今も元気だと聞いて嬉しそうにその後を尋ねてきた。
「直接聞いたわけじゃあないが、その後に相手の方に会う機会があってね。きちんと髪に挿していたから成果は上々と言ったところだろうさ。あン時は世話ァかけたなお嬢さん。たった一品で一刻も粘るのは上客じゃあなかろうよ」
いえいえそんな、と笑う顔に想う。
「本当はお連れ様の最初に
「おっと、それを止めた側としては耳が痛ェな。バツが悪ィことにおれもおれで、今日はひとつふたつしか買う予定がないンだ」
場を和ませるような軽口を投げては返す。
……結末はこうして話した。その後のことは、もう知らせずとも良いだろう。
「それで、お客様も贈り物を?」
「あぁ」
「お相手は女性でしょうか」
「まぁ、だろうな」
「ふふ。それは少し、妬けちゃいますね」
「そうかい? ……よし、これと、これにしてくれ」
「あらお早い」
「決断の早い男は減点かい?」
「いいえ、素敵でございますとも!」
またのお越しを! という声を背に受けて扉を開ける。長居はしなかったが、それでも雨は上がっていた。見上げる空に探せど、虹は見つかることもなく。
傘は畳んだまま、今の住処へと足を向ける。あの時は朝霞へ戻り、泊まりの誘いを断って
/
自室に戻る直前。椿は廊下を通る朝霞
「深山の、手ェ出せ」
「?」
言われるがままに差し出された杏李の手に、雑貨屋で買ったうちの一ツをぽんと落としてすれ違う。
「あ、あの、百鬼様……これは?」
「眠りが浅いっつってたろ、そんだけだ」
匂い袋を手に乗せたままの、きょとんとする少女をそのまま置き去りにして、歩む速度も変えずに部屋へと戻る。
/
(戻ったか。)
「あぁ」
(おかえり。)
「あぁ、ただいま」
それはもう一振りが相手でも同じで、椿は椅子に座ると伸ばした手でその脇差の柄を握って寄せた。
(?)
どうせすぐ使うと言ったのに何故か丁寧に包装されてしまった封を口で開け、取り出した赤をその柄の、鍔の真下へと結びつける。
(つばき、これは?)
「いつだったか、赤が好きだと言ってたろう」
脇差の刀霊〈
『……うん。赤い色は、すきだ。ありがとう、つばき』
秋はもう終わる。
これより先、十二月の日ノ国帝都夕京は激動を迎える。
天皇
これは、それよりも少しだけ前。十月の終わりにあった、人目を喜ばせるためでなく
/或いは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます