鰊に月見、油揚げ
〈霊魔〉は
では〈霊魔〉は何処に潜むのか。それは――
「っし。こんなもんだろう。〈
既に二本を右の腰に戻した
(ん……ない。もう
「ぃ良し、ンじゃあ今日はここまでだな」
――たとえばこの、夕日が沈む姿を望める丘の上の
「……ま、こんなのは昔っから変わらんけどな。何もこの霊災が起こってからそうなった、ってわけでもない」
隣り合う
「つーか、今更おれがンなことを改めて言わんでも教えてくれそうなのがすぐ近くに居るじゃあねェか。お前さんたちのはそんなに無口とも思わンのだが」
石段を降りながら、椿は振り返る。見上げるかたちになったその視線の先で、ふたりの〈花守〉はそれぞれ頬を掻く、視線を逸らすなどした。
「それが、私のは『幽世から直々に来た霊魔は違うかもしれない』って言う、んですよ。たはは」
「俺の場合は、『折角だから同じ花守に訊け』と、なにやら面白がっていて」
そんな返答を聞いた椿は溜息を混ぜた紫煙を吐き出し、また石段を下る。
「……ま、八百万も居たら個性もある、か。神っつーのは永く
やれやれだ、と歩を進める椿に追いつくように少女――
「まぁまぁまぁ、
「確かに。今日の異形も、見た事のないモノばかりだったが、百鬼殿は慣れた様子で斬っていた。……手馴れる程に、知っているということだろう」
「つっても座学を開くなンざいよいよおれの仕事じゃねェし、そんな悠長なコトしてもられねえ現状だっつーのはお前さん達も知るところだろうに」
「それじゃあ」
ととん、と椿を追い抜き最後を飛び降りた千利は広がる道を背に、後ろ手を組んだ格好で腰を折って椿と司暮を見上げて、にっと笑った。短く揃えた髪が夜を混ぜた風に揺れる。
「晩御飯ついでに、ちょっとだけでも教えてくださいよ」
「――これまた食い気の遠ざかる話題を持ち出したな、菱
のお嬢さん」
本当にそんなんで良いのか、と
「それは、良い案だと思う」
「それで、おすすめのお店とかあります? 何しろ私、夕京は初めてで……」
「……
観念した様子に二人は二人なりの笑みをこぼしたのであった。
――椿としても、
知識と経験があると無いとでは、生き残ることに対しての結果が全然違う。それは花守としての才覚より重要だとも、理解していた。
なにより。
(――味が悪ィってのは厭だしな。)
その言葉はカタチにならず、紙巻と一緒に放って捨てられた。
/
仲良く行儀良く手を合わせ『いただきます』と唱和し箸を取る。
「…………なんか、ヘンなの」
月見蕎麦の黄身に箸を入れていた千利が、思い出したかのように口をこぼした。
「変、とは」
「や、さっきまで私ら、霊魔と殺し合いしとったやないですか。それなのに日が暮れたらこうして三人でお蕎麦屋さんで晩御飯しとるって、なんか」
「……あぁ」
「おれは菱のお嬢さんの口調が砕けたことにびっくりだわ」
「……あぁ」
「ちょちょちょ、なんや急に恥ずかしくなってきてもうた! 百鬼の兄さんやめて!?」
「別に出自を気にする者はいないと思うが……」
と言ってからきつね蕎麦の油揚げを避けつつ
「伸びても知らンぞおれは」
「え、なん? 私がおかしいんこれ?」
納得いかへんと頬を膨らませながら、少女もとりあえず食事に戻った。
「……さっきのお嬢さんの気分だがな」
やがてさっさと自分の分を食べ終えた椿は『御馳走さまでした』と手を合わせ、出された緑茶を一口飲み込んでから話を戻す。
「遠征じゃないから、っつえば解るかな。……あっちとこっちで盛大にやり合っているが、同じ夕京の中だけでの
そう。この現状が――
「――けれど、貴方は変わらない。どういった人生を送ればそうなるのか、俺には見当も付かない」
『ほ、ほ。でなければ鬼の
「……〈
最後まで司暮の椀に残っていた――それを「なんでやろ」と千利は思っていた――油揚げがスッと消える。
背にした暖簾がそこであるかのように、摘んだ油揚げをぱくりと食べる、神なるモノ。
『百鬼殿が主と良くしてくれて嬉しいの。早死にせんで済みそう』
「そりゃあどうも。桂家の刀霊にそう言われたンならちったあ
合わせたような軽口に、隣に
『……つばき』
「折角いまに生きてンだ。おまえも少しくらいそういうのを覚えた方がいいのさ」
言って席を立つ。その背を追うように千利が暖簾を分けて声をかける。
「あの、百鬼の兄さん。今日はほんまにありがとうございました!」
椿は去ろうとした脚を止め、紙巻を銜えて顔を向けた。
「…………椿でいい」
「う、え?」
「いや、ひとでなしの感傷だ。忘れてくれ」
「……ほんなら、これからもよろしゅうお願いします、椿さん」
遠ざかる足音は一人分。
それは、どこか同じ
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