〈 〉
互いに駆ける。いま、確かな気配とカタチを
首が無い。つまり落とせる急所がひとつ減っている、ということ。
視線が無い。つまりそこから意図を読み解けない。
呼吸をしない。意の『成り』を、予見できない。
かつて
『どうして百鬼は霊魔の首を落とすの?』と。
椿はその質問を、意外そうな顔で受け止めた。当たり前に過ぎ、意識したことなどなかった、とでも言うように。
『まぁ……
幼少の椿の言葉は、この霊境崩壊に見舞われた現在まで、実感に遠い言葉だった。神鷹が特別なのではなく、日ノ国に〈花守〉として生きる人々のその
『そう、便利が良いンだ。一度死んだ連中にも解り易く死が伝わる。霊魔だなんだッつっても、どいつもこいつも
そうして、平安の時代より効率的に霊魔を
『ま、もしもの話だ。お前さんがいつか霊魔と戦うような事態になったとして、ソイツに首が在ったなら速やかに落とすこった。無かったら、』
これは致命だ、と霊魔の身体ではなく魂が認識するような一撃を叩き込め、と。そんなことを言っていた。
――距離、六尺。瞬く間に過ぎ去った時間に、かつて追いかけた姿は今、この場には無い。在るのは看過などできない大霊。此処で討たねばならぬ相手と、自分のみ。
瞬間、桜路の石畳ごと神鷹を竹のように割る一撃が大上段から放たれた。結末が訪れるまでに秒もかからないその極限の中で、神鷹は踏み込んだ左足を起点に身体を
ずん、と〈
「…………ふッッッ!」
、その胴体は、尚も
首の無い霊魔が向き直る。神鷹は止めていた呼吸を再開させる。今更のように、神鷹の
(
一度たりとて忘れたことの無い、いとしいひと。護ることも、その最期さえ
(いや――)
ふるり、と首を振ってその甘い誘惑を断ち切った。だからこそ、いま逢いに
おそらくは数瞬にも満たなかった時間。両者は再び構えを取った。目を閉じれば今も浮かぶ七香の笑顔をこの時だけは脳裏から消し、神鷹は目の前の敵だけに集中する。
青眼に構えられた太刀の切っ先は、果たして首無し公の亡き視界にどう映ったのか。その身に纏った瘴気がぶるり、と震えた。それは断じて大霊が抱いた怖気などではなく――
/
皇居門前にて発生した窮地の報は、霊子通信を用いて百鬼の耳に届いた。
「……
『霊脈の確保は目前。朝霞様の救援は――』
「無しだろ、そんなの」
右鞘に二刀を戻した椿は煙草を
「おれが出向いたところで此処からじゃ間に合わん。
状況を
だが、此方を罠に
椿は、にぃ、と底意地の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃあ警戒もせんし、できもしないだろうよ。アイツの霊力は並以下なンだ。満を持して大物を投入してみろ。結果なぞ火を見るよか明らかだろう」
古来からそうであったように。霊魔にとっての警戒対象は家柄ではない。結果としてそうなっているというだけで、いつだって自分を殺し
椿や他の者たちが評したように、朝霞神鷹という男にはそれが圧倒的に足りない。持っている刀も、歴史の長さだけはあるが、それだけの刀霊だ。
「ここいらで一ツ、考えを
(つばき。次が来る。)
ふーっ、と最後の紫煙を吐き出して椿は煙草を放った。
「それ以外が全部ある奴だぞ、アレ」
通信を切る。何度目かの霊魔の攻勢を、真っ向から切り伏せる椿に、左手に握られた大刀の刀霊――〈
(
「当主の恥を
数えるのも億劫だ、と自らの黒星を誇るような嘆息。
(朝霞当主の剣は、きれい。……つばきと違って。)
/
才無しと誰もが断じ、自分でその無才を認めた時に彼は生まれた。
――それから十四年。休むことなく振るい続けた
その一歩は、日の出に霞む空気のように静かだった。迎え討つ首無し公の反応が、来ると解っていながらも、遅れた。けれども大霊魔。渾身の
――どれだけ手を伸ばそうとも、人の手は月に届かない。けれど、人は歩むことが出来る。神鷹はただ、その歩みを
一刀は左肩から右腰まで。すれ違いざまに振るった一筋は紛れも無く、斬るよりも先に
『――――。
首無し公は、消滅の際に自身の言を伝えるすべがないことを悔やんだ。
――無想・
〈無銘〉を鞘に戻し、神鷹は少しの眩しさに目を細める。
桜路町の霊脈確保を
――朝を、迎えている。
やがて東――
「……そういえばお腹
椿は応える。
「そうな。今日くらいは
〈無銘〉の声は、相変わらずに聞こえない。
けれども柄に乗せた手に、温かい
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