迫間の退き口
――今が昼なのか、夜なのかさえ、わからない。
視界に入る霊魔どもに終わりは見えなかった。
二刀を振るう腕が重い。呼吸の度に
これが〈霊障〉と呼ばれる
「ッ、……おぉッッ!」
だが。既に生者が自分たちを除いて
この場所を死地と定めたのではなく。この場所こそが生地と定めたかのように。
雑、
飛び迫る人面の黒鳥の脳天に右手の脇差『
「は……、」
吐く息が白い。霊力の
右手の中でくるりと脇差が回り、それを
「
(うむ。春先に見た
そこには、その名が意味する線が一本、雪の
この首に走る線が、椿の花と同じ
(……つばき。)
「そうか」
椿は口の端を上げると、仰け反るように身体を起こした。
「なら、まだまだいけるな」
見上げた空に
――その時、数えて三つが椿へと向かい来た。
『――ばき、……ッそ、えているか、き、!』
「椿様……!」
足音を
(っ、つばき……!)
音も実もない、薄氷の霊体――凛とした童女の貌に一筋入った太刀傷から、痛むことなく赤が流れる。強烈な瘴気を持つ何かが此方に近づいているという、刀霊がその血で告げる窮地の報。
「……ったく。聖徳太子でもなければ流行りの
霊魔の反応はおよそ十間。20m先から、ヒトの歩むような速度で向かっている。
膝を折る部下の手にあるのは迫間の守護刀霊、
「よう、八雲殿。考えは纏まったかい」
(貴君ら一門が稼いだ時は
「ン……大物が近づいてるってのもあって、何言ってるか解ンねえのが現状だな」
ならば、と八雲は自らの霊力を放出させる。それは自身を中心として広がり、瘴気の渦の中に
何度も何度も繰り返し、この地へ向けて叫ばれた声が結実し、椿の耳に届いた。
『聞こえているか椿!
「……アイツ。ったく、
「半ばまで押し込まれている、と」
通信が途切れた。急かすように薄氷が椿の名を呼ぶ。
八雲の展開した結界が同じくして決壊する直前に紙巻を吐き棄て、清浄な空気で肺を満たし、肺腑の穢れを排すように吐き出す。
「おい、秋橋のアレはまだ無事だったな」
「は。使い道など霊魔にも無いでしょう」
「では、八雲殿を連れて先に待て。おれもすぐ行く」
「御意。お気をつけて」
此処は既に地獄だが。桜路町からその地獄へと声を届かせる為にどれほどの無茶をしているか。おそらくは霊魔が襲い来るその
我が身が此処で果てることは勘定に入れているが、アレの命は入れていない。
霊子通信による返事もできない状況で、我らが無事だと伝えねばならず、また一刻も早く桜路町へと向かわなければそれだけ神鷹の命が危ぶまれる。急がねばならない。
だが。
大刀『雪』を左肩に担ぎ、再び抜いた脇差『薄氷』を正面に構える――その先に、良く見知った出で立ちの、よく見知った影を纏ったモノがついに姿を現す。
瘴気に侵され、魂を汚された花守と刀霊はやがて――やがてその力を持った霊魔に成り果てる。
(
「あぁ。八雲殿に任せるのはちと
「……聞け、
声は静かに。けれど生き残った者たちの耳に等しく、当主である六十三代目椿の言葉は響いた。迫間の
「我らは
耳を
椿も駆け出した。即座に距離は一足一刀――その寸前、両者の間合いが潰れるより前に、みしりと軋んだ
「薄氷。おまえがおれとの契約を果たせるか、ここで試す」
脳天を
(……できる。わたしは、)
不意に加重の消え失せた上腕に、その元花守は光を
大刀を惜しむことなく手放した椿はその
(わたしはもう、あなたの刀だ。)
「はン。これなら上等だ」
転がる
――それから間もなく。椿の用意した『返事』は、たしかに神鷹……いや、夕京陥落に抗う者たちの目に、
/
夜の
「……これは、」
朝霞神鷹はそれが百鬼椿からの返事である、と正しく理解した。返事にこのような手を執ることで、その身が無事であるとも。
「君は――まったく」
自然と頬が緩みかけるのを、努めて抑えて。続いて打ち上がった花火の場所から、その意図と進路を読みきった。
馬も無く、車などは
「船だ。……総員、百鬼は東――
その言葉の正しさを証明するかのように、三発目の花火は桜路町の
――後世に『
再会は慌しく。百鬼を迎えた朝霞は一目散に榎坂まで退いた。
「相変わらずだな、君は!」
「無茶をする奴だぜ、まったく」
疲労の色も見せず駆け抜けるふたりの横顔は、投げられた言葉に「どっちが」と少年のように笑っていた。
/迫間ノ退キ口 了。
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