才無き鷹は爪を、
帝都
最東端の
慶永
『日ノ国の花守たちよ。どうかこの暗闇を
抗う者は剣を
/
「……迫間の花守も全滅、か。
報を受けた青年……〈夕京五家〉が一、
未だ霊魔の駆逐できていない桜路町の完全奪還。その為に戦力をこの榎坂に集結させ、再起を図る。その号令は既に
「神鷹」
「陛下」
花霞邸の庭は護国花守の力か、この落日の日ノ国にあって清浄な空気を保ち、
かけられた声に振り向き、すぐさま膝を折って礼を尽くす。天皇依花は――つい今しがたの神鷹と同じように努めて表情を動かさず――「顔を上げて頂戴」と言った。
顔を上げ、周りに誰の姿もないことを確認してから神鷹は表情を崩す。
「陛下。いまこの日ノ国にあって最も大切なものは陛下です。せめて
「ですが神鷹、それではこうやって貴方と話すことも叶いません。……それで、神鷹。その、」
「……
「私の声は、届かなかったのでしょうか……」
依花の顔が翳る。壊滅した夕京――特に最大の
直線距離にしておよそ三里――10㎞の距離が、あまりに遠い。
「
続いた言葉に、神鷹は瞳を開き、ゆっくりと戻した。
「椿は……無事なのでしょうか」
そして笑う。
「……陛下。私も百鬼一門とは親交が深く、当主の
そう。想像ができない。神鷹が初めて当世の椿と出逢ったのは十の時だ。
その日の事は、家督を継ぎ、朝霞の当主となり、二十四歳になってもまだ鮮明に思い出せる。
「この大霊災は日ノ国の花守が一丸となって立ち向かわないと乗り越えられません。百鬼もそれは重々承知の
その言葉に秘められた決意。幼くも
「神鷹……?」
「私にお任せを、陛下」
言って立ち上がる。非礼を承知でその、十二歳の今上天皇の小さな背を見下ろして思う。
椿が当主となったのも、今の陛下と同じ歳だったな、と。
「
深く一礼をし、
/
足早に花霞邸の廊下を抜ける神鷹に声がかかる。
「朝霞ァ。お前、何のつもりだよ」
「……
声の主が解っても神鷹はその足を停めず、それに苛立ったのか追いかけながら斉一は更に続けた。
「お前、調子に乗るんじゃないよ。そんなちっぽけな霊力で〈五家〉の当主なんてやってるだけでも目障りなのにさ。いくら
「弁えているさ。今の夕京には八雲様の霊力も、百鬼の滅魔の力も必要だ。号令が届かずあの地に留まっているというのなら、それを届ける
長い廊下を抜け、開け放たれている門を潜る。行き先は戦端、桜路町へと続く
朝霞家に組する花守たちが合流し、小部隊となって進む間にも後ろを歩くことを止めない斉一は、その言葉を尽きさせることもなかった。
「なあ、おい。あんな五家でもないひとでなしの連中なんか放っておけよ。ちょっとばかり歴史が長い家だからって好き勝手しすぎなんだよアイツら。それだけでも目障りなのにボクらと対等ぶってるだけで腹が立つね。大体、迫間はもう堕ちてるんだろ? だったらとっくに全滅してるに決まってるじゃないか。なにせ当主があの落ち花なんだからさあ!」
――それは、何も知らない者がかの一門を
椿の花は不吉の象徴。花は枯れ逝く代わりにぽとりと落ちる、と。
囲斉一の言葉は概ね正しい。
確かに朝霞神鷹には〈夕京五家〉一角の当主に相応しからぬ
だが斉一は知らない、知る事もできない事実がそこにある。ゆえに神鷹はその歩みを止めることはなく、重ねられ続ける罵詈雑言にも応えない。
――出逢った日のことを、まだ鮮明に思い出せる。神鷹が十歳になった年だ。
/
今は最前線の戦サ場と成り果てた桜路町の皇居で、新たな『椿』が咲いた折、夕京五家の会談の場に同席した神鷹は今のように斉一から受ける嫌味や、他家からの
夕京五家は、その力の継続のために意図的に血を交配させる習わしがあり、力を求める花守たちには別段、
そうであったのに、常人と変わらぬ霊力しか持たずに産まれた神鷹は、では誰が悪かったのか、と涙を
『おい』
しゃがみ込み、庭の
『日ノ国
びくりと肩を跳ねさせ、顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになった視界に映ったのは、自分とそう歳も変わらないままに帯刀――その、まだ小さな身体に不似合いなほど長大な大刀を右腰に
どうして、と思った。どうして僕なんかを気にかけるのか。挨拶は終わったのか、とか。僕と同じくらいなのに、どうしてそうも、堂々としてられるのか、とか。
浮かんだ疑問はひとつも言葉にならず、鼻を
涙と鼻水で既に濡れきってしまった神鷹の袖を見て、椿は自分の羽織の袖――この日の為に用意されたであろうそれ――が同じモノに濡れることも
『だが』
『ひっく、ぅ……だが?』
『おれたち
それが始まり。
あまりに遠いその背を、死に物狂いで追いかけた。
霊力が足りないのなら、他で補う。
どんなに修練が辛くとも、人前で涙を見せることはなくなった。
その立ち居振る舞いが、朝霞の当主として相応しいものであるように、と自分を奮い立たせ続けた。
あの日から十四年。
〈霊境崩壊〉を経て
/
囲斉一の言葉は概ね正しい。朝霞神鷹には人並みの霊力しかなく、百鬼はひとでなしの一門だ――そして。
「おい、
桜路町と榎坂を区切る絶対防衛線を、その脚は難なく踏み越えた。
未だ雑言足りぬと追い縋る囲斉一の脚は、そこで止められた。
顔だけ向けて、神鷹はやっと言葉をひとつ、返した。
「
片や天皇勅令により帯刀を許され、その命を以って霊魔
片や家にも才にも恵まれておきながら、その品格の
対等ではないという言葉は、まったくもって正しかった。
もう振り返らず、その歩みは目的地に達するまで緩むことはない。
意図を察したのか、それともただただ生者を見つけたからか。群がり始めた霊魔の影を、
「〈
肉薄、抜刀、一閃、寸断。刃は血に濡れることさえなく、日中なれど
これこそが朝霞神鷹。かつて五家の嫡男でありながらも、花守としては芥同然の霊力の無さから来る
「全霊力を通信に回せ! 受信分も送信へ費やすんだ! なんとしてでも百鬼に――椿に僕の声を届かせろ!」
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