水面に薄らふ赤月遠く(後)
成った時。まだ柄も宛がわれていない
『
それが自身にとってどの程度の価値を持つのかは知らない。
やがて茎に刻まれたのは、銘ではなく状況でもなく、ともすれば
扱いは丁重、だったと思う。鞘から抜かれることなどは幾度もなく、月明かりも届かぬ
自我の芽生えはそれより更に後。気づけば刀は
……刀としての本分を果たしたその初めなど後も後。つい最近の出来事だ。
四百
その時の事は、よく覚えている。
肉親との死別に涙する瞳の中に、確かに揺れた
――その父母の死に顔が、あまりに美しかったからだろう。
やがて彼――
(止めよ梶井。時は変わった。)
わたしの声は届かない。
『
(わたしを振るうことに意味などはない。)
神事の時に持ち上げられたこととは全く違う、荒々しく握られる柄。鞘を結んでいた封を乱暴に切り解き、
『何故、ああも美しかった?』
(梶井。)
『美しい刃だ。だが違う』
求むる道は見えているのだ、と笑う。
その、わたしを手にした男には確かに、
『
――確かに、その瞳の奥に〈魔〉を宿していた。
/
しゃあと、濡れた石を滑る感触に目を醒ます。
(此処は……?)
どこか懐かしいにおい。暗い石造りの閉塞。
滑る。
柄を外され、
滑る。
ひと研ぎ
意識で見上げると、肘まで捲くり上げた
しっとりと落ちた
冷たい
わたしをかつて
蟲を見るような、ではない。蟲に視られているような心地だった。
文字通りの検分。一切の情の入る余地も無い、ともすれば
そうして、刃揃えを仰向けに茎から眺めて男は口を開いた。
「……やっぱり鉈じゃねェ? コイツ」
(……!)
じょ、情どころか礼も備えていないのか、この男――!
「ぁンだよその眼は。視た
……この男。わたしが視えている?
(どうして?)
「ぁ?」
呪わしくも、かつての持ち主と同じようにわたしは疑問を投げかける。違うのは、きっと。
(どうして、わたしを拾った?)
「そりゃ、お前さんが他の刀と比べてツイてるかツイてないかだろうよ」
この声が、届くかどうか程度だったのかもしれない。
「……ま、それよりアレだ。お前さん、
そう。
ああ。
思えば初めて。わたしは銘を問われ、応えたのだった。
(――
「そうか。んじゃあ薄氷。おれはどちらでも構わん、と先に言っておく。穢れは落とした。鞘も見繕ってやろう。このまま眠るか? それとも」
出会いは暗い路地裏。言葉を交わしたのは閉じた鍛冶場。
「――それとも、
心残りがあった。特段、この刃を折ったことに後悔はない。あったのは、そう。
(……打ち直しを。)
「……へェ?」
きっと、求めた心に間違いはなかった筈だ。でも、そればかりが真実ではない、と声を上げなければならなかったんだ、わたしは。
彼にどれほど声が届かなくとも。果たすべき責務から逃げたわたしは、その時点で美しさを欠いていた。
(鉈呼ばわりは気に食わない。打ち直しを。そしてわたしが使い物になるか、あなたが振るって決めたら良い。)
/
安土に
【水面
刻まれた
夕京の都に
(つばき。)
「ン?」
(冬に落ちることは、赦さない。)
“其は消え入りなれども春を
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