才ある君は爪を隠す

孔雀 凌

主人公の兄は、折り紙付きの不器用。彼の意外な一面を目にした、残暑の物語。


突然だけど、私は擬似科学的な物が好きだ。

最近、とある占いに夢中になっている。

魔法の聖書を想わせるような褐色のカバーがかけられた本に、私は目を閉じて指を潜らせる。

この占い本は、知りたいことを心に浮かべて直感で頁を開くと、答えを導き出してくれるという物だ。

本日の占い結果は『予想外の敗北』。

体調を崩した祖母を見舞うために今朝、両親が二泊三日で県外の故郷に向かった。

つまり、この家には高校在学中の兄妹、私と兄の二人だけ。

一つ、問題がある。

それは、料理を作ってくれる人間が数日間、いないということ。






兄は料理が出来ない。

私も女子でありながら、手料理には自信がない。

両親が帰宅するまで、ここは無難に外食等を選択するべきか。

対策を考えなければ。

陽も沈み、空腹を感じる時間が訪れた。

私は兄に問う。

「お兄ちゃん、今夜の晩ご飯どうす……」

ふと見ると、兄が刃物を手にしている。

調理用の物だ。

え? なに。まさか、何か作る気になったとか。

家族の中でも、折り紙付きの不器用さを誇る兄の右手から包丁を奪い、私は調理台の正面に立つ。






「私が作るから。お兄ちゃんは座ってて」

咄嗟に心にもないことを言ってしまった。

兄にとんでもない手料理を披露されるよりはマシだと想ったからだ。

私は渋々と下拵えをするための準備に入る。

母の様に手の込んだ味付けや、見映えのいい盛付けは無理だ。

卵焼きと、サラダにしよう。

ご飯は運良く炊飯器に残っているから、もう一品は市販のミートボールと、インスタント物のスープで誤魔化すとする。

卵焼きには、どの調味料を使うのがいいのかな。

私は適当に塩、胡椒と、手元に揃え始めた。






突然、目の前にあるオリーブ油がするりと消える。

「お兄ちゃん」

リビングへ追い遣ったはずの兄が再び、キッチンの前に立っていた。

兄は黙々と作業に取り掛かる。

ボウルに何やら混ぜ合わせた材料をふるい入れている。

そこへ、先ほど手にしたオリーブ油と少量の水を加え、兄は馴れた手付きで具材をこね始めた。

指先の動きは、見事に堂に入った物だ。

でも、兄を見る私の目が疲れているだけかも知れない。

不器用な兄の作る完成品に、夢も希望も託せないのが正直なところ。

私は、張り合う様に兄の横で調理を再開する。






高校の実習で教わった物くらいなら、何とか再現できるだろう。

レトルトを使うのを止めて、ナポリタンを作ることに決めた。

横目で兄の調理の進行具合を気に掛けながら、材料を一から揃え直す。

まずはスパゲティを湯がいてからフライパンに移し、水を加えた後にケチャップ?

あらかじめ切って用意していた野菜も放り込んで、火が通れば完成!

ふと、横にいる兄と目が合う。






「馬鹿。そうじゃないだろ。先に具材をソースと絡めて炒めておいて、麺は最後に入れるんだよ」

何やら、知ったかぶりな物言いの兄。

彼が開いたオーブンの中には程よく焼き上がった幾つかのマフィンが顔を覗かせ、コンロの鍋には仄かに円形を描く半熟卵がゆるやかに踊っている。

何? その、本格的な料理は。

私は今朝の占い結果を想い出した。

『予想外の敗北』つまり、手料理で私は兄に負けてしまうってこと?

互いの調理は終盤に差し掛かっていた。

兄は焼き上がったマフィンに生ハムと半熟卵を乗せると、程良くとろみのついた手作りソースをかける。

これ、どこかで見たことがある。

確か、エッグベネ何とかっていう。

完成した兄の手料理の外形は、もはやプロの域に達していた。

それに比べて私の料理の見映えは、食欲を減退させてしまう酷いレベルだ。






「みく。口、開けて」

一口分の量を匙に取った兄が、私に味見を進める。

口内で、クリーミーな食感が拡がる。

悶絶するほどの美味。

意外だった。

兄にこんな裏の顔があったなんて。

この(一方的な)勝負、兄の逆転勝利だわ。

「みく。俺、料理人になりたいんだ」

初めて聞く、兄の野望。

「てことは、今まで不器用な振りをしてただけなの? お兄ちゃん、どうして」

「母さん達に言ったら、反対されるに決まってるからな。内緒だぞ」

兄は部活と称して放課後、調理室を借りて日々、料理に励んでいたのだ。






二日後、私の携帯に着信が入った。

「もしもし」

「あ、みく?」

母の声だ。

「どう。二人とも、ちゃんと出来てる? 今ね、最寄り駅近くの路地裏にいるの。お婆ちゃん、大したことなくてね。夕方には帰るから」

「あのね、お母さん。実はお兄ちゃんが……」

続きを言おうとして、私は慌てて片手で口元を塞ぐ。

いけない、いけない。

兄と二人だけの秘密だった。

「ん。景人がどうしたの」

何でもない、と私が言葉を撤回すると、遠く離れた場所にいる母が苦く笑う。

お土産を買って帰るからと、彼女はそう言って電話を切った。

両親が買ってくれる土産品もいいけれど、今回は飛び切り素敵な物を貰っちゃったから。

兄がくれた、残暑の贈り物、最高の手料理を。

いつか、胸を張って兄を自慢したいと想っている。









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