7.


「喬木さんも、そうとう変な人ね?」

「何だい? 突然」

 AM8:30。北風吹き抜ける東京駅のホーム。雨漏り騒ぎで昨夜帰りそびれた碧が、大学への書類提出に間に合わすために帰郷する。仕事で抜けられない貴希と晴都の代わりに、喬木が見送りに来てくれた。

「まさか、まりやの、あーんなへんてこりんな提案、承諾すると思わなかったわ」

「甘やかしすぎじゃない? って思うの?」

 そーいうことじゃないけど、と碧が小さくつぶやくと、喬木は優しく笑って言った。

「ずっと昔、ああいう夢を持ってた画家がいたのをね、思い出したんだ。芸術家のコロニー、、つまり画家仲間が集まって、経済的にも精神的にも支え合いながら共同生活するっていう。でも、失敗」

「失敗って」

「一人目の同居人と大喧嘩して。お互い、芸術家として、感受性が強過ぎたんだね。相手にカミソリ突き付けて、自分の耳を切り落として発狂した」

 碧は口を押えて音のない悲鳴をあげた。

「その画家の伝記をね、学生時代に読んだとき、この人はただ、とてもとても寂しがりだっただけじゃないかと思った。孤独な人ってのはね、別に好きで孤独に浸っているわけじゃない。ちゃんと人とコミュニケーションを取ろうとするんだけど、互いを大切に思い過ぎるあまりに、疲れてしまうんだね。…鞠矢はとても単純に好きな者同士、楽しく生活できたら最高!っていうノリだけだろうけど。もし成功したら、それって人間関係の理想の形なんじゃないかな。…君たちは、あの子が初めて、仲間らしい仲間として認めた人たちだから。我がままとわかっててもやらせてやりたくて、ね」

「うん、鞠矢なら成功させるかもしれないね」

 碧の笑顔に、喬木も嬉しそうに言った。

「まぁいろいろ問題起きるでしょーが、ね。やってみる前からそういうのって嫌いなんだ」

「あたし、なんとなく喬木さんの気持ち、わかる気がする。あたしと同じ気持ちで、喬木さん、まりやを見てる。…違うかなぁ?」

「それはアブナイ考え方だよ、碧ちゃん」

 そう言って碧の前髪に手を伸ばそうとして、あ、ごめんと喬木は手を引っ込める。もう、慣れましたと碧は苦笑した。

「でも大丈夫? 僕も同居したほうがいいんじゃ…」

「だーめぇ! 喬木さんがいたら連中みーんな喬木さんに甘ったれちゃう! 奴らはあたしが仕切ります」

「碧ちゃん、燃えてるね」

「だって、緊張してないと、なめてかかられるわ!」

 碧のガッツポーズに喬木はまた、ひとしきり笑う。そしてゆっくり言った。

「君と、鞠矢が出会って良かった。鞠矢は、君に会う直前まで、無意識にだけど自分を“いい子”のカラで固めるのに必死でね。カラのなかで自滅しそうになってたから。誰かが、彼のカラを外から、たたき壊さなくてはならなかったんだ」

「…喬木さん、ご存知だったんですね。あの時の鞠矢の発熱の原因」

「半分くらいかな?…全部かもね。…でももう、あの子ひとりで悩みを抱え込まずに済みそうだから、安心してる。君たちのおかげでね」

 喬木はそう言って、碧をじっと見た。きれいな茶色の瞳。いつも笑ってるから気づかなかったけど、彼は少し寂しい、深い目をしている。

「これから、僕の負担を半分引き受けてもらうことになるけど、本当にいいのかな? 就職先も、いいとこ決まってたんでしょう?」

「もう、決めたんだから心配しないで。とりあえず、がんばって両親を説得してきます」

「前途多難だね」

 すまなそうに言う喬木に、碧は真っ赤な手袋で、精一杯のピースサインを送った。

「大丈夫っ! あたし自身の人生なんだからっ♪」


夏の恋のイマージュ 洗い流す土砂降りが来る

「時を永遠に止めたい」ってあの瞳は大嘘だった

ララバイが聞こえない きみの鼓動が冷たい

この悲恋は秋さえ 叩き崩すさ

ララバイが聞こえない 街の孤独が恋しい

戻らない夢 抱き締めて 終わる夏


 切なく激しいリズムに、ヒロタカのハスキーボイスが絡みつく。スタジオのドアにもたれ、腕を組んで聴き入る。貴希の胸の奥、忘れかけた傷心が疼き出す。

 耳元でノックの音。ガラス窓の向こう、喬木マネージャーが指で出てこいと合図する。

「ライブ・リハの見学だって? 勉強熱心だね」

「うん、同じスタジオでやってるって聞いてたんで。休憩時間に飛んで来たんだ。…みぃ、無事帰った?」

「ちゃんと送ってきたよ。“See You Again”って伝えてって」

「碧らしいなぁ」

 貴希は少し寂しく笑った。親を説得できなきゃ、ここへ帰ってこれないかもしれあいのに、気丈にもそんなことを言う。

「この歌、碧ちゃんの詞だね。…碧ちゃんが言ってたなぁ。星野クンのボーカルは夏の終わりのイメージだって。ピッタリの歌になったね」

「うん。セカンドシングルになるんだって。昨日書き下ろしたばっかりなんだってさ。…でも、何か碧の詞、変わった感じがしない? シビアになったっつーか、何つーか」

「ふーん」

 碧ちゃんも貴希の影響受けたかな。…やっぱりおもしろいことになりそうだね。喬木は自分の職業的勘に自信を持った。

「ね、たかぎさん。碧、もう『覚醒計画』の詞書けないのかな」

 不意に、貴希が喬木を見上げて言う。

「うん…あっちでは本名で知られちゃったからね。鞠矢専属のプロモーターとしては、作詞家としてあんまりあっちこっちの歌い手に名前出せないし。鞠矢はどう思う?」

「俺? 俺は、今の『覚醒』のファンだからなぁ。続けてほしい」

 貴希は正直にそう言った。

「『覚醒』を聞いてると、歌って生きてるなぁって思う。歌に嘘がない。あれは、みぃを含めたあのメンバーが作り上げてきた絆なんだと思う。ファンとしては壊したくないなぁ、うん」

 そうだね、と喬木は考え込む。

「…じゃ、鞠矢専属プロモーター兼作詞家の彼女には、ペンネームを持ってもらいましょう。そしたら碧ちゃん、将来『覚醒』以外の仕事もしやすくなるから」

「さっすがぁ!たかぎさん偉いっ」

 貴希は心底嬉しそうに笑った。

「ね、たかぎさん。俺も詞書くよ、これからも。俺自身の言葉で、風合碧に負けないものを。書かせてね」

「頼もしいね」

 喬木はにこにこして言った。貴希自身の口から、この言葉が出るのを待っていた。

「では、こっちも仕事に戻りましょう」

「はーいっ!!」

 本日のお仕事はコマーシャルの撮影。


 …鞠矢貴希、フツーの男の子の劇的青春、今日も現在進行形です。


《ひとまずENDだ。》

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BE WITH YOU :Act3 彼女は私の両手を待ってます。 琥珀 燦(こはく あき) @kohaku3753

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