僕を知らない本山らの

 目が覚めると、見慣れない部屋で仰向けに寝ていた。

 なんでここにいるのか、思い出せない。頭がぼうっとする。

 知らない天井を見つめていると、近くに誰かがいることに気づいた。目だけを動かして見てみると、それが白い服を着た女性だということがわかった。

 「…………」

 その人を見ていると、相手も僕のことに気づいた。その女性は慌てたようにどこかへ行ってしまったが、しばらくすると知らない大人を何人か連れて戻ってきた。何かを話しかけてきているが、どうも頭がぼうっとして何を言っているのかわからなかった。

 そのまま彼らを見ていると、今度は見慣れた顔の女性もやってきた。

 母さんだ。

「か……あ、さん……」

 僕は声を出そうとしたが、自分の口が何かに覆われていることに気づいた。その何かを外したいけれど体が思うように動かせなくてもどかしい。

 そんな僕の姿を見て、母さんが涙をボロボロを流していた。なんでそんなに泣いているんだろう。

 母さんの顔を見たら、なんだか安心して、眠く……なって、きた……。


 * * *


 次に目を覚ましたときは、僕は変わらず横になっていた。

 今度は頭はすっきりとしていて、自分の置かれている状況がわかった。ここは病室で、僕はベッドに横たわっていた。

 周りを見ると、母さんと初老の男性とベッドの傍に立っていた。

 初老の男性は僕の主治医だと名乗ってきた。

「自分が誰だかわかりますか?」

 そう訊かれて、僕は自分の名前を答える。

「じゃあ、自分がなんでここにいるかわかりますか?」

 それはわからなかった。なんでだろう。病院のベッドということは、事故にでも遭ったのだろうか。

「落ち着いて聞いてくださいね」

 そう言って主治医の先生は言葉を一度切る。


「あなたは、自殺しようとしたんです」


 自殺――自殺? 僕が、なんで。

 ……。

 …………。

 ああ……思い出した。

 僕は確かにしようとした。自殺。

 ということは。

 生きているということは、僕は自殺に失敗したのか。


 僕はクラスでいじめにあっていた。毎日学校に行くのが嫌だった。それでも誰にも迷惑をかけまいと学校には通い続けた。

 しかし僕は、ある日の出来事がきっかけで自殺を図った。

 大好きでいつも肌身離さず持ち歩いていたライトノベルが、体育の授業が終わって教室に戻ってみるとぐしゃぐしゃにされて机の上に置かれていた。いじめられているときでも心の拠り所にしていた本が、見るも無惨な姿にされた。自分の心の中にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えた。

 家に帰ってから父さんがたまに服用していた睡眠薬を大量に飲んで死のうとした。そこまでは覚えている。


 そこから先の話は、母さんとお医者さんが教えてくれた。

 僕が部屋で倒れていたところを仕事から帰ってきた母さんが見つけて、すぐに病院に運ばれた。なんとか一命は取り留めたが、それから一年ほど目を覚ますことなく眠っていたらしい。

 お医者さん曰く、手は尽くしたとのことで、あとは僕の「生きたいという気持ち」次第だったという。

 自殺に失敗して生きたいと願うはずがないだろう、と否定的な考えが真っ先に思い浮かんだが、すぐにそれは自分の中で否定された。

 僕は眠っているときに見ていた夢の中で、「もっとライトノベルを読みたい」と願った。きっとそれが「生きたい」という気持ちに繋がり、今こうやって生きているのだろう。

 そして僕が夢の中でそう思うようになったは、一人の女の子の存在があったからだ。


 ――本山らの。


「眠っているときのことを覚えていますか?」

 お医者さんにそう聞かれて真っ先に思い出したのは彼女のことだ。

 ライトノベルが大好きで、僕にずっとライトノベルを薦めてくれた不思議な女の子。

 ひょっとしたら実在する子なのかも、と思って打ち明けてみたが、二人とも彼女のことは知らなかった。学校でも近所でも有名人でも、そんな名前は聞いたことないらしい。

 だとすると、死にかけた僕が勝手に妄想した都合の良い存在だったのだろうか……。


 * * *


 それから数ヶ月が経ち、僕は無事に退院することになった。

 母さんとともに帰宅して、久しぶりの自室へと足を踏み入れる。何も変わってなかった。きっと僕が入院している間も、母さんが掃除をしてくれたおかげで変わらずにいるのだろう。

 僕はパソコンを立ち上げ、本山らのについて調べてみた。

 真っ先に出てきたのは彼女のTwitterアカウントだった。やはり、本山らのは存在した。

 Twitterのプロフィールに書いてあるYouTubeの彼女のチャンネルを開き、一番投稿が古い自己紹介動画を開いてみる。


「はじめまして。本山らのと申します」


 彼女は自らをバーチャルYouTuberと名乗り、ライトノベルを布教したいと話していた。容姿も、声も、ライトノベルが好きなことまで、僕が知っている本山らのだった。

 今見ている動画は自己紹介だけで、どうやら次の動画からライトノベルを紹介していくとのことだったので、次の動画も続けて再生した。

 そしてその動画で紹介していたライトノベルは、夢の中で彼女が薦めてくれた作品だった。次の動画も、その次も。夢の中で僕は読んでいた。

 偶然だろうか? いや、ひょっとしたら、バーチャルな存在の彼女が僕を助けるために夢の中にまで来てくれたのかもしれない。なんて思うのは流石に妄想がすぎるだろうか。

 でも、彼女ならやりかねない。世の中には面白い作品がたくさんある。だから死んじゃだめ、と。バーチャルの世界から僕の夢の中に、伝えに来て来てくれたのかもしれない。

 それならば、彼女には感謝しなければならない。たくさんの物語に出会わせてくれたことと、生きる希望を与えてくれたことに。


 すべての紹介動画を見終えて彼女のチャンネルのホームを開くと、今夜配信が行われると告知が出ていた。

 僕は開始時間まで待ち、配信が始まるとすぐに配信ページを開いた。コメント欄を埋めるたくさんの挨拶おはらの。夢の中では僕にだけ本を紹介してくれた本山らのだが、現実世界におけるバーチャルな彼女はとても人気者のようだ。

 配信の内容は彼女自身がお薦めしたい本を紹介しつつ、最近の活動について話をするものだった。その姿を見て、夢の中で彼女とライトノベルについて語り合った日々を思い出した。

 もう彼女と会って話すことはできない。けれどこうして彼女の声を聞ける。本を紹介してもらえる。それだけで嬉しい気持ちが溢れてくる。


 僕は、僕を知らないこの世界の本山らのへ向けて「初見です」とコメントを打った。

 夢の中で彼女と出会ってから今までの感謝の気持ちを込めて。

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僕が知っている本山らのと、僕を知らない本山らの キム @kimutime

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