ドキドキ博士

Wkumo

ドキドキ博士

「やめろー新元号はやめろーこちとらまだ新職場にすら馴染んでないんだぞ!」

「はっはっは、観念したまえ。新元号発表とともに君の身体は改造され、平成が終わるまで眠り続ける。新元号が始まったら、ドン! 君の時代が待っている……」

「俺の時代なんていらねえよ! だいたい何だよ、進んで身体改造されたい馬鹿がどこにいる!?」

 はて、と博士は首を傾げた。

「私の部下たちは皆進んで身体改造されたが?」

「最終的に、だろ! 散々抵抗してたじゃねーか!」

「だが今は皆、自らの変化を受け入れ感謝している」

「そういう風に改造したんじゃねーか、いけしゃあしゃあと!」

 またも首を傾げる博士。

「だが君だってそれは覚悟の上だろう?」

「俺完全に騙されてここに入った!」

「怪しいと思わなかったのかね?」

「思った、けど、せいぜいヤバいほど治験されるくらいだろうと思ってたよ! 改造されるなんて聞いてない!」

「往生際の悪いやつだ。君の友人がどうなってもいいのかね」

「俺に友人はいない!」

「なんと」

「だてにウン十年孤独に生きてきてねーぜ! リサーチが甘いんじゃねえか?」

「悲しい子だ……だが安心したまえ、改造されれば友人など山のようにできるぞ! かわいい私の部下たちはきっと君と仲良くしてくれるはずだ!」

「別に友人とかいらねえし。これまでずっと一人で生きてきたし。今さらできてもな」

「つくづく悲しい子だ……だが安心したまえ、改造されればすぐに友人が欲しいと思うようになる!」

「だからほんとにやめろって! 博士こそ友人いるのかよ!? そのマッドな性格、絶対友人できないやつだろ!」

「し、失敬な。部下たちはもちろん、組織の幹部たちもいる!」

「それ友人じゃなくて単に職場の人じゃん。アフター飲みにいったりしないだろ?」

「失敬な! 私はちゃんと誘っている!」

「今日は病院に行くんで~とか身内が病気で~とか言って断られたりしてるんじゃない?」

「なぜそれを……」

「やっぱりな。博士には友人がいない。友人がいない奴が他人の友人回路を設定したりできるはずがねえ。絶対歪んでるじゃん、そんなの」

「だが彼女いない歴=年齢の作家が恋愛作品を書けないとは限らないだろう!」

「なんで作家の話になるんだよおかしいだろ」

「実は私は趣味で書いた小説を取引先の出版社に投稿しているのだ」

「うわ、めっちゃ迷惑がられるやつじゃん。対応に困る~」

「無論身分は伏せ、ペンネーム『ドキドキ博士』として投稿している!」

「何そのペンネーム」

「ロマンティックだろう?」

「博士って言語センス壊滅的じゃない?」

「何を言う!」

「部下の改造後の名前もつよいザリガニ男とかわくわく甲羅マンとかひどいもんな。出版社から言われなかった? 言語センスがもう少しって」

「うっ」

「やっぱりね」

「げ、言語センスがなくても小説を書くことはできる!」

「メス震えてっぞ~ドキドキ博士」

「やめろ! 君に小説の何がわかる!」

「わかるよ。実は俺も、小説書くの趣味なんだよね」

「何!?」

 博士は口をぱくぱくさせた。

「小説を書くというのはあれか、誰かが書いた小説を読んで勉強するとかそういうのは!? 具体的には私が書いた小説とか!」

「えーよくするけどさ、改造されちゃうと小説とか読めなくなりそうだし~」

「改造は先延ばしにするから! どうなのかね!?」

「改造やめてくれるんならいいよ」

「えっ」

「やめないなら読まない。だいいち改造する予定を先延ばしにするってことはいつか博士の小説の読者がいなくなっちゃうってことだし」

「ど、読者……」

 博士の目がうるうると揺れている。どうも読者という言葉に感銘を受けてしまったらしい。

「ぜひ読者になってくれ! 君ほどのポテンシャルを持った被検体がノー改造になるのは惜しいが、未来のキュート恋愛文学大賞受賞者の作品が誰にも読まれず腐るのはそれと同じくらい惜しい!」

 博士は俺に取り付けられた装置をがちゃがちゃと外し、メスを床に置き、小型パソコンを取り出して画面を俺に見せた。

「で、これなんだが」

「今読めと!?」

「読んでくれないのかね?」

「今まさに改造されかかってた奴が平常状態で小説とか読めると思うか?」

「え、普通に読めるだろう」

「読めねえよ! 博士、展開が強引すぎるとかヒロインの心がわかってないとか言われなかった?」

「うっ」

「博士はまず人の心を理解することから始めろ。いいな? インプットが大事。一日一回小説を読んで、登場人物の気持ちを考えるんだ」

「それ義務教育が批判されてるやつ……」

「妙なところに詳しいな!? でも他人の気持ちがわからないなら登場人物の気持ちを考えるのはシミュレーションとしては役立つぞ。パターンさえ理解してしまえば人の心がわからなくても書けるものは書ける。一人じゃ絶対わかんないと思うけど、俺も一緒に考えてやるから、な?」

「うん……」

 博士はこくりと頷いた。承諾。

 そして俺とドキドキ博士の地獄の小説猛特訓が幕を開けたのであった。


 博士が未来のキュート恋愛文学大賞を取ってデビューするのは元号が令和に入ってからである。



(おわり)

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