カツンカツン

usagi

第1話 カツンカツン

「カツンカツン。」


50過ぎくらいのおじさんが一人、裏山のテッペンにある大きな岩にノミを打ち付けて何かを彫っていた。


「カツンカツン。」

「ねえ、おじさん何を彫ってるの?」

裏山に遊びにきた子供たちは、おじさんを見つけて声をかけた。

「う~ん。とっても良いものだよ。」


「カツンカツン。」

子供たちはまた話しかけた。


「ねぇ、おじさん。これっていつごろできるの?」

「う~ん。いつになるかなあ。君たちが大きくなるまでにはできるかなあ。でも、もっと時間がかかるかもしれないな。」


「カツンカツン。」

岩の真ん中に大きな穴が空き、子供たちが覗き込むと、その穴は大分先まで続いていた。穴は深すぎて、奥の方まではよく見えなかった。奥まで行きすぎたせいで、もうおじさんの姿は見えなくなっていたので、子供たちがおじさんと話すことはなくなった。


「カツん…」

 しばらく経つと、音はもう殆ど聞こえなくなっていた。


 おじさんは夜になると穴から出てきて、岩に腰掛けながら長いこと空を見上げた。そして、真っ暗な空にポツンと光る星を見ながら、ポトリと一滴の涙を落とした。毎晩に1滴ずつ落ちた涙は、岩の前の土に染み込んでいった。


 しばらくすると、子どもたちは部活や塾で忙しくなり、裏山に遊びに行くことがなくなった。おじさんの存在もみんなから忘れさられてしまった。


 岩の前にはいつしか、おじさんの涙によって大きな水溜まりができていた。


おじさんはただひたすらに穴を掘り続けた。最初は、「彫る」だったものは、いつのまにか「掘る」に変わり、穴はどこまでも深く、まるで永遠に続いているようだった。

 

おじさんが穴を掘っているのを見ていた少年たちは大人になり、お父さんになった。そしてある日、裏山で最初におじさんに話しかけた少年の息子がやってきた。すると、穴の奥からおじさんがひょっこりと顔を出してきた。


少年はおじさんに話しかけた。


「おじさん何してるの?」


「うん。とってもいいものを掘っていたんだよ。」


「完成したの?」


「そうだよ。今ようやく完成したんだ。見てみるかい?」


少年が首を縦に振ると、おじさんは少年を穴の奥へと連れて行った。


 岩の中は真っ暗な一本道になっていた。その道はどこまでも深く続く終わりのない道のようだった。どれくらい歩いただろうか考えていると、彼らはいつのまにか広い場所に出ていた。そこの天井には小さな点のように、1つだけ穴が空いていた。


そこで、おじさんはランプに火を着けた。ランプの明かりは一直線に真っ暗な道を西へと向かって進み続け、そのランプの光は天井の穴を通り越し、空に浮かぶ一点の明かりとなった。


おじさんは少年に言った。


「こうやっておじさんは、これまで空のお星さまを作り続けてきたんだ。」


「この暗い道は、人間の人生そのものなんだ。狭くて真っ暗な道を手探りで進み続けると、突然開放されて広い世界に出て、最後に人は星になるのさ。」


 少年はわかったような、わからないような不思議な気分になり、「ふうん。」と一言だけ答えた。


 おじさんは、遠くの町に行き、また岩を彫り始めた。

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カツンカツン usagi @unop7035

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