半分ふざけて

もきの

半分ふざけて

 □


 時として人は、衝動的に行動をしてしまうことがある。

 そういったときの行動は、ほとんどが「人としてよろしくない行動」だ。

 「やってはいけない」という思いと、「やってしまえ」という思いが心の中でせめぎあい、「やってしまえ」という思いが勝った時に、人は衝動的になる。


 居間、ちょうどその現場に居合わせてしまった。


 九月初旬の酷暑の中、汗だくになって高校から帰ってきてリビングに入ると、先に帰ってきていた妹がソファに座って何やら三角形の赤いものを咥えているところだった。


 俺はその正体がなんなのかと、妹が何をしでかしたのかを理解するまでに三秒もかからなかったように思える。


 まず、妹が咥えている赤いものは、冷凍庫に一つしか入っっていなかったはずの俺の大好物スイカ風アイスキャンデーであることは間違いない。しかも、昨日買って、今日の学校が終わってからの楽しみとして考えていたものだ。


 さらに、妹は昨日、自分の分のアイスを食べている。目撃者もいる。俺だ。

 つまり、俺の顔を見ながら「食べちゃったよ」とでも言いたげな微笑をしている妹は、本来所有者であった俺の目を盗み、冷凍庫に一つだけあったアイスキャンデーを手に取り、今それを食しているということだ。


「君は一体何をしておられるのか」


 半分ふざけて、妹に自分がしでかしたことを認め、謝る機会を与えるつもりでそう言った。


「いわゆる、アイスキャンデーとやらを頂いているところです」


 妹もふざけた調子に乗っかってきた。

 だが、自分の非を認め、反省しようという様子は少しも見受けられない。


「それは、今日俺が帰ってきてから食べようと楽しみにしていたアイスだな?」


 今日は、ストレートにそう聞いてみる。変化球を使うこともあるが、今回は事が事だ。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「どういうことだ?」


「冷凍庫の中を見てみれば分かるよ」


 俺は、言われたとおりに冷蔵庫を開いて、中を覗いた。

 するとそこには、俺が無くなっているとばかり思い込んでいたスイカ風アイスキャンデーが入っていたのだ。


 形勢逆転。


 謝るべきは、俺だった。


「悪かった、疑って」


 リビングに戻って、妹の横に座った俺は、長時間冷凍されて冷え切った、表面が少し白っぽくなったアイスキャンデーを食べながら、妹に自省の意を述べた。


「いいよ、私も、紛らわしいことしてごめんね。帰りがけに食べたくなっちゃって」


「まあ、お互い様ってことで」


「うん」


「これ、うまいもんな」


「うん、たまに、食べたくなる時が来る」


 それが今日だったということか。


「俺は毎日でも食べたいけどな」


「お兄ちゃん、バカだもんね」


「なに?」


 突然の罵倒に驚いて妹の顔を見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべながら彼女もこちらを見ていた。


「君は一体何を仰られたのか」


 半分ふざけて、彼女に訊いてみる。


「いわゆる、お兄ちゃんをバカにした、というやつですね」


 妹もまたふざけた調子に乗っかってきた。


「この恨み、晴らさずおくべきか」


 そう言って俺は、食べ終わって残った木の棒を、机の上に置いておいたアイスキャンデーの袋に入れ、妹に渡した。


「これを捨ててきなさい」


「えー、仕方ないなあお兄ちゃんは」


 妹は渋々それを了解し、台所のゴミ箱に捨てに行った。

 その隙に俺はソファに寝転がり、昼寝の体勢を取る。


「あ!お兄ちゃんずるい、私もソファで昼寝したい!」


 リビングに戻ってきた妹は、ソファを奪われたことに気付いてすかさず声を上げた。


「さっきのお返しだよ」


 そう言いながら、ソファから俺を引きずり降ろそうとする妹の手を払いのける。


 すると妹は引きずり下ろすのを諦め、今度は俺とソファの背もたれの愛大自分の体をねじ込もうとし始めた。

 引いてダメなら押す。良い作戦だ。


 しかし、妹は力が足りず、俺を押し切ることはとうとうかなわなかった。

 妹の身体は、右半分はソファの背もたれに、もう半分は俺の身体に乗っかったまま、力なくうつ伏せになっている。


「お兄ちゃん汗臭い」


「そりゃ汗かいたからな。まだ夏だし」


「ほら、お風呂入ってシャワー浴びた方が良いよ?サッパリしてきなよ」


 説得するような口調で、妹はうつ伏せのまましゃべり始めた。

 力勝負の次は言論戦ときたか。


「面倒だな」


「えー。ほら、ソファまで汗臭くなっちゃうし、雑菌も増えちゃうし、シャワー浴びてきてよ、ほらほら」


 彼女は「ほら」という度に、俺の方を強めに叩いてくる。痛い。

 言論戦かと思いきや、結局力で推すらしい。


「なんだよもう、仕方ねえなあ」


 そう言ってソファからすばやく抜け出すと、半分の支えをなくした妹の体はうつ伏せのままソファの座面に打ち付けられる。「わぷ」というわけのわからない声と共に。


 俺はそのわけのわからない声を背中で受けながら、リビングを出て風呂場へと向かった。


 シャワーを浴びて、自分の部屋で楽な格好に着替えてからリビングに戻ると、妹はソファに横になってすでに昼寝を始めていた。


 今度は俺が引きずり下ろしてやろうか、と考えたが、やめた。

 今日はこのくらいにしておこう。妹の幸せそうな寝顔をみると、そう思わざるを得なかった。


 和室の押し入れから二つのタオルケットを取り出して、一つを妹に掛ける。


「いつまでこんなアホなことやってられるのかな」


 そう思いながら、自分も床の上でタオルケットに潜り込んだ。


 幸せあふれる兄妹の戦、本日はこれにて幕引きでございます。


 □

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半分ふざけて もきの @mkn_ss

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ