人工湖畔
フランク大宰
人工湖畔
・一章
上海の人工湖畔の畔に中国式の屋寝付きテラスがある、三角の屋根の上に金色のボールが刺さっていて、四角形の角にも半分の大きさの金色のボールが刺さっている。This is China といったような建物だ、人工湖畔の水は緑色に藻が張っているし、中央の四つ頭の噴水も緑色の水を吐き出していた。
そう、そんなところで私は彼女と会った。
Oは父親の部下というか、なんというか、エリートではあったのだろう、"人として"の問題を置いておけば。
彼女と初め出会ったのは、父親の会社の会議室だった、新宿にあるビルの。
私は当時、父親の伝でバイトをしていた。私の通っていた学舎はバイト禁止だったのだけれど、実際のところ大抵の学生は地元でバイトをしていた。
私はバイトをする必要は金銭的にはなかったのだが、学生時分、要するに"ガキ"というのは、周りに流される、自分の囲む環境が世界のすべてだと思っているし、はみ出すのは恐怖に思えるものだ。時がたち食うために働くように成ってからは、無理に若い頃、働くのは馬鹿馬鹿しく思える、アルバイトから学べるものなんて、人間の汚い部分を早めに知れるということぐらい、そして社会人として働くことから学べるものは、正直、(ジョークをこの場では書きたいが)何もない。
それで、当時、唯一学校公認の稼ぎ方というのは"家業の手伝いによる口座を使用しない収入"
であった、要するに"おこずかい"だ。別にまわりとおなじ様に、コンビニなり用心棒なりすればよかったのだけれど、当時の私は教師に良いイメージを持たせて、就職先なり最高学府、何かを紹介、推薦して貰うのが目標であった。当時はJAZZや小説、演劇にはまっていて、勉強などしたくなかったのだ。
馬鹿だったと今は後悔しているが、私は学校公認の出稼者になることができた。
教師の言葉を今でも覚えている。
「君は本当に偉い、俺の息子なんて、髪を金色に染めやがって何がしたいんだか」
先生、今の私には息子さんの気持ちよくわかりますよ、そしてあなた方は、もっと慣用になるべきでした。
しかし、アルバイトをすることに付随して酒と煙草を覚えた。同じ職場にいた派遣のAさんが、私の事を学生でなく、フリーターにでも思ったらしく、
「酒も煙草も、まだですね」
と言った私に
「いい歳して、お酒童貞、何て情けないよ」と、小バカと言うか、情けない目で私を見てきたので私も自棄になり、彼女に付き合うようになった、あらかじめ、年齢を言っておけば良かったのだろうが、それも詰まらなく感じたのだ。
お陰で酒童貞でない方の童貞も彼女で消失した。
彼女は特に綺麗でもないが、髪が長くて、それをポーニーテイルに何時もしていた、仕事中は眼鏡をかけていたが、プライベートではコンタクトレンズにしていた。そうすることで彼女の膨らんだ頬がチャーミングに強調された。そして、足を組んで煙草を燻らせる姿が、何ともセクシーで幼い私を興奮させた。
彼女のヘアゴムを後ろから外し、髪をたくしあげて、隠れていた耳を触るのは、当時の私には幸福な前技だった。
彼女に私の歳を教えたのは、北千住の小綺麗なホテルのベットの上だった、驚くべき事に半年近く私は真実をいわなかったのだ。
私は特に考えもなく、彼女に告げた、レバノンに行ったことのある友人の話の延長線上で。
「別れた方がいい」彼女はそう言った。私は何も返事をしなかった。そして、ランプの下に置いてあった、赤いタバコの箱を手に取った。
「若いのにタバコなんて、やめた方がいいわ」
それについても、私は何も言い返さなかった。
私達は駅で"永遠のお別れ"をした、私はそのバイトをやめ、学校的には違法の、というか社会的にも違法な"とある運動"を手助けすることで、少ない収入を得るようになった、一ヶ月で辞めたけれどね、そこからは無職になった。
Aと最後に別れるときに、私は一言尋ねた
「本当に何も知らなかった?」
彼女は未だに何も答えてはくれない。
彼女は私に多くの物を残してくれた、きっと客観的に見ればそう言った言葉が相応しいけれど、私が正直に彼女が残してくれた物を思い浮かべると"煙草"
だけになる。
未だに煙草は止められないし、セーブも出来ない。
酒の量は歳と共に減っていっている気もするが。
それで、そんな最中、私はOと出会った。
・二章
Oと出会ったのは、父に書類を届けに行ったときだった。
バイトのいっかんというよりは、父が家に忘れたものを届けに行ったのである。あの頃は既に電子ファイルという物も有ったように記憶しているが、私が父の書斎の机の上から取り上げた封筒は軽い茶色の封筒であった。
父から電話があり頼まれたわけだが、父の書斎に入るのは二三年ぶりだったように記憶している。特別、プライバシーに敏感な家庭でなく、書斎には鍵は付いていなかった。母の化粧部屋も同じだったし、私の部屋もだ。
最近、家族内でのプライバシーについての文章を読んだけれど。まぁ、これは私が男であるからだろうか、家族が家族のプライバシーにそこまで興味が有るものなのかと不思議に思った。しかし、その文章(新書の一項目に書いてあった)によると、ある少女は父親が無断で部屋に入り父親の休日の間、自分のベッドに寝ていることがあり、それが苦で精神を病んでしまったらしい。
よく事情が解らないのだけれど、それは父親は娘と添い寝していたのか、はたまた、娘のいない娘の部屋で寝ていたのか、
そこが重要なのではないだろうか。前者だったらプライバシーの問題では片付けられないし、後者なら部屋に外鍵をつければ良いのだ。
少女が気を病む何て余りに悲しすぎる。
貴方の横に寝るべきなのは、貴方の恋人かペットであるべきなのだ。
少なくとも、この事件は私の家庭では起こり得なかった、母は私に性的な好奇心を抱かなかったし、そもそも、私達三人は私達三人に興味がなかった。
ところで何で私がこのようなこの事の書いてある、本を読んだかというと、病院の待合室に置いてあったからだ。心療内科、私はある経験をしてから不安定でこのような種類の病院へ通院している。一向に回復に向かわないのは苦しい事実だが、これは私にとっての当然な仕打ちなのだろう。私の人生にたいしてのね。
そう、こんな未来を思い描きもしない頃、秋空の下、私は父の会社へ向かい受付で、部署に向かえるよう手配を取り、部署の若い黒いスーツでスラックスを履いた、女性社員に会議室の場所を教えられた。
「部長なら会議室で、Oさんていう女性社員とプレゼンの準備をしていると思いますが、社内電話でお伝えしましょうか?」
Aと違って彼女は随分と年下であろう私に丁寧な敬語を使っていた、しかし、なんというかそれは自己を強く見せる手段に思えて、私は好意的には受け取れなかった、若さゆえに。
「いいえ、驚かせたいので」
私は無意味に彼女に対抗して、
子供ぶった。
「そうですか、分かりました」と言って、彼女は会議室の場所を教えてくれた。
今思えば彼女は大体の事を知っていたのだろう、しかし、それについて無関心だったのだ。
私は会議室の二重扉までたどり着いた。しっかりとした重厚な二重扉、余程の会議が行われるのだろうと私は感じた。
まさか、扉の向こうに情事があるとは思いもしなかった。
私は二三回ノックをした、そして素早く両手で扉を開いたのだ。
ノックの効果はなく、真実は露呈した、大抵の黒い真実は(白黒は立ち位置にもよるのだろうけれど)
露呈するべくして、露呈する。いくら隠そうとしても、決められたことなのだ。それに父親も社会的で道徳的考えには、無関心な人だったし、それに単純に"男"という物に正直でもあったのかもしれない、しかし、私は今でも、隙だらけの生き方には同調できない。
扉の向こうでは、父がOの右足を持ち上げ、互いに口を擦り付けあっていた。
私は一瞬、目が点になっただろうけど、やはり関心がなく、彼らから離れたところにある、長机に書類を置いた。
彼らは同時に私の方を見て、同時に口付けを止め、父はOの右足を床へ落とした。
「頼まれた書類置いておきますね」
「ちょっと待て、お前!!」
私は父のその言葉には耳を貸さず、片手で扉を開き外へ出た。
父は私が母親を思い、憎しみを込めて去っていったのだと、思ったのだろうか?
しかし、私は不味い処を見てしまったとは思ったが、母親の顔なんて思い出しもしなかった、
Aの裸体と小さな乳房だけが頭をよぎっていた。
「ちょっと待ってよ!」
とエレベーターへ向かう、私にそう言ったのはOだった。
Oは名前を名乗り
「ごめんなさい、お父さんあなたが来るの一時間勘違いしてたみたいなの」
ごめんなさい?
「できれば、私達の事、お母さんには内緒にしてくれないかな」
私は笑ってしまった、馬鹿笑いではなかったけれど、役者が違うと思ったのだ。
それに母親に告げる気もなかった、告げたとことで無為な行動なのだから。
「ええ、もちろん。わかってますから」
このとき私はOの姿形を認識した。
長身でヒールを履いているので、私より背が高く、であるから足は長く手も長い、ロングヘアーで顔はフランス人形のようだった、恐らくアングロサクソン系の血が通っているのだろうと感じた。
そして私の心臓は一瞬、飛び上がった。
もし、Oにたいしての私の気持ちが本当に恋だったのなら、
それは、余りに皮肉で汚くて澱んでいる。
「ありがとう、解ってくれて」
そういった、Oは咄嗟に胸ポケットから小さなメモ帳と使い捨てらしいペンを取り出し、そそくさと何か書き、紙を破り私に手渡した。
「これ私の電話番号」
そう言って、振り返りとぼとぼと疲れを滑稽に含んだ歩き方で、会議室へ戻っていった。
本当に澱んでいた、人工湖畔の緑色の水のように。底は見えないし、生態系も謎に包まれている。きっと潜り込んだら、
緑色のゼリー状の何かが、まとわりついて、そして一生浮上することはできないのだろう。
三章
Aと"さよなら"してしばらく、経ち私はOに連絡を取ろうと思った。
人肌が恋しくなった?
いいや、単に興味が湧いたからだ、理由なんて無い。しかし、まぁ当時の私は反社会的な活動の後押しするバイトをしていた、そういう活動に本格的にのめり込む人間は何か幼稚で純粋なのだ、だから当時に私にとって父とならんで世俗的に感じていたOとまともな話がしたかったのかもしれない。
私は自分の携帯電話で彼女の家電であろう番号にかけた。
当時、私は携帯電話を持っていた。だから、推測するにこの物語は然程古い話ではないのかもしれない。しかし、私の中では十分にセピア色に消化され、目の前に当時の写真と浅草レビューの踊り子の写真を差し出されても、どちらが古いのか瞬時には選べない様に思う。
余りにも時間が経ちすぎた、そうとしか言えない。
この時のOとの会話は、彼女という人間を包括していたと思う。
「もしもし?」
「ええ、もしもし」
「誰だか分かりますか?変な質問で申し訳ないんですが」
「私の知る限り私の家の電話番号を知っているのは4人ね、それともいたずら?だとしたら大当たりね」
「いいえ、いたずらではないです、少なくとも僕の中では」
そして私は名を名乗った
「だと思った。電波で変換されても貴方は特徴的な声をしているし、特徴的な仕草があるわ、お父様とは違うね」
「そうかもしれない」
私は今でも自分の声質が好きでない、仕草も。しかし、彼女の僕の声にたいしての表現は悪くは感じなかった。
「ところで、何で私に電話をかけてきたの?バイトも止めちゃったらしいし、お父様も心配しているわ」
「色々あるんです、父が悪いんじゃない。それに切っ掛けを与えてくれたのは、貴方の方です」
「確かにね。そうだ日曜はお暇?」
「ええ学生ですから」
「じゃーショッピングに行きましょう?渋谷の駅で待ち合わせでいい?」
私は断りもしなかったし、疑問を投げ掛けもしなかった。
それが"普通の世界"において間違えであっても。ただ、確認めいた事だけは尋ねた。
「それはいいですね、僕も渋谷に行きたかったので。でも、随分と不思議だと思いませか?」
「いいえ、不思議なことなんてなにもないよ人間界では。それに私は人との出会いを大切にしたいの」
日曜日、私達はある程度混雑した駅で再び出会った。
彼女は青いワンピースの上にベージュのステンカラーコートを着ていた。とても着こなしがお洒落だったし、素敵だった。
もしかしたら、彼女のファッションセンスは当時よりも先を行っていたのかもしれない。
僕はチェックのシャツにジーンズ、上に米軍卸品の緑色のジャケットを着ていた。ちょうど、タクシードライバーのロバートデ・ニーロのような格好、七十年代からある古典的な服装をしていた。
彼女は始めに言った
「敬語じゃなくていいよ、私おばさんじゃないから」
彼女は渋谷に香水を買いに来たらしかった。なぜ渋谷で香水を買うのか?銀座では駄目なのか?そしてなぜ私が同伴したのか?そんな疑問しかわかなかった。
私は疑問を押し止めて、覚えたての"タメ口"で彼女の提案に答えた。
「僕は香水は付けないけど、勉強になりそうだね」
「ダメだよ、男でも臭いぐらい気を使わなきゃ」
「親父はどんな香水付けてたっけ」
「意地悪なこと聞くね、君は」
どっちが意地汚いのかは疑問だったけれど、私は彼女に合わせるように心掛けた。少なくとも今日だけはそうするべきだと心で決めていた。
「さっぱりした臭いよね、お父さんは」
確か父親の使っていた香水はpoloの緑の瓶だったと思う。
あとになって私もこの香水を使っていたことがある。なんというか父親の趣向は女性も含めて妙に信用できるところがある、皮肉なことに。
「何処の香水屋に行くの?」
「香水屋?もしかしてジョーク?」
彼女は笑いながら、おちょくったように私に尋ねた。
「君の方がよっぽど意地悪だよ」
世界中の十代の男性にどの程度、香水の知識があるのか解らないが、少なくとも当時の私を囲むコミュニティの中では一般的な知識ではなかった。
散々私をおちょくったわりに、我々のたどり着いたのは、黒い外観の余り大きくない、香水専門店だった。当時の私の知識では香水はデパートの香水売り場に売っている物だと思っていた。だから、つまりそれぐらいの知識は私にもあった。
店内にはオーナーと思われる、40代ぐらいの女性が一人いた。Oはこの店がいきつけだったようで、その女性と話をしていた。話の終わりに私の方へ二人が振り向き笑いあっていた。
私は5歩後ろに立っていることしかできなかった。
Oは私にどの香水がいいか尋ねてきて、香水の嗅ぎかたというのも教えてくれた。
色とりどりで個性的な香水の瓶達を見ていると、酒屋のブランデーとウィスキーの棚を眺めているようで、酔いが回るような気分だった。
結局、彼女はオレンジ色の香水を買った。何処のブランドだったかは思い出せない、でも時々、あの柑橘系の臭いが女性からすることがある、その度に私は彼女を思い出す。私にとってあの香水の名前はOのフルネームだ。
その後、私達は今度は私のよく行っていた古着屋に行った。
正直そこに彼女を招待するのは気が引けた。でも彼女はそのての物にも造詣が深かったようで、彼女は私に黒いセットアップを薦めてきた。私は素直にそれを買い、着替えてくれと言われるがままに、その店で着替えた。
店員が気を使い、大きな手提げの紙袋を私にくれた。
それに着ていた緑色のジャケットをいれた。
私達は近くの喫茶店で昼食をとった、そこではじめて私達は私達について、色々と喋った。
「それで、君は今はバイトしてないの?」
「バイトというか、知り合いのバンドの手伝いをしてるよ、金にはほとんどなら無いけどね」
「カッコいいね、ロックバンド?」
「下らないパンク・バンド、政府とか天皇制に文句言う」
「ふーん、パンク好きなの?」
「嫌いだよ、耳が痛いだけ」
「じゃー何が好きなの?」
「ドリス・デイ」
当時は何故かドリス・デイが好きだった、家にシナトラとの映画のサウンドトラックがあったからなのかもしれない。
今では久しくドリス・デイは聴かなくなってしまった、ローズマリー・クルーニーは変わらず好きだけど、それにパンク・ロックだって嫌いではない。
彼女とは、その後、三回目に会ったときに体の関係を持った、Aの時よりも品があって情熱的な。
そしてやっと私は人工湖畔にたどり着く。
四章
父に上海に来ないかと言われたのはパンクバンドのボーイ兼ギターリストのバイトを辞めてすぐのことだった。
普段、父が家にいるのは希というか、私とはタイミングが合わなかった。だから、余り喋る機会などないし、もし、面と向かって母親無しで会話成立するかといえば、生活のタイミングが合わないだけあって、正反対の人間同士だったのだ、したがって伝統的形式にのっとった会話が精一杯だった。
それに、父はOとの関係を私が目撃したことにすら触れなかった。
そういう男だったんだ。
今となっては私は父親にちかずいていると思う、香水の好みだけでなく、きっと内心俗物の彼を許しているのだろう、したがって、今の私も俗物なのだ。
父が私に話を振ったのは、銀座のとある百貨店のなかにある、蕎麦屋だった。
この蕎麦屋は父と母がよく出向いていた店で、そのときは珍しく私も同伴した。
確か獅子文六の滑稽話を読んで、蕎麦が食いたくなったのだ。
私の申し入れにたいして母親は歓迎的だった。
そして、そのときになって、父は私の耳元で「余計なこと言わないでくれ」と囁いた。
もうとう、そんなつもりもなかったが。
この蕎麦屋は"蕎麦が"というより個人的には天婦羅が絶品だと思った。後年、知り合いと行く程度にはこの店にはまった。
父はそれとなく
「なぁ一緒に上海に行かないか?
何かバイトも止めたし、色々とあるんだろ?もしかしたら、それはお父さん達の責任かもしれない。それに世界が広がるだろう、お前それに海外に行ったことないんだし」
と言った。
母親は父の責任という言葉に怪訝そうであった。
「ああ、そうだね。何日間?」
「10日、学校は少し休ませてもらいなさい」
「わかった」
そのときの私は"乗り気だった"不思議ではあるのだけれど、父親との二人旅に同意するなんて。しかし、私は単純に上海に
中国に興味があったのだ、きっと映画の影響だったのだと思う。
しかし、私は会話を続けた。
「でも、海外旅行は昔行ったんじゃなかった、家族三人で」
そう、当時とて昔に。
上海に行く6日ほど前、Oから連絡があった
「朗報よ私にとっても貴方にとってもね、私もお父様に同行します」
「そう、俺も同伴するよ。でも君も親父も仕事だろ」
「そうよ、でも私だけ空き時間があるの」
「Sexのできる空き時間?」
「残念、そういった時間はないわ、でも会うことはできる。待ち合わせ場所を貴方に送るわ、中心街からそんなに離れていないし、貴方って地図読むの得意でしょ、それに一人でさ迷うの」
「ああ、まぁ怖くはないね。でも君は何故、上海郊外の待ち合わせ場所なんて知ってるの?」
「郊外じゃないよ。それに私上海に居たことがあるのよ、ずっと昔ね」
「知らなかったよ」
「そうね、話していなかったかもしれない。でも、ミステリアスていいでしょ、何か。
それに貴方は私の正確な年齢だって知らない」
確かに私は地図を読むのも、一人歩きも得意だった。
そして何の苦もなく、人工湖畔の畔にたどり着いた。
たどり着いたとき、屋根つきの建物に彼女が座っているのが見えた、他には誰も座っていなかった。幾多の戦争を乗り越えた、老人達が中華式チェスでもしてそうな建物であったのに。
彼女は中国柄のチャイナドレスに近いものを着ていた。
私が近づいていくと、きずいて手を振ってきた、私の心は心地よく震えた。
私が席につくと、"はいこれ"と何とか草と書いてある、煙草の箱を差し出してきた。
「お父様もいることだし、煙草を持ってこれなかったと思ったから」
「まさか、親父は俺の癖を知ってるよ、ちゃんと5箱持ってきたし、市場でも買ったよ」
「そうなんだ、これ私の好きな煙草なんだけど」
彼女が少量の煙草を吸うことは知っていた、でも中華煙草が好みなのは知らなかった。
「ありがとう、気を使てくれて」
彼女は微笑みながら青い瞳でウィンクした。
「それにしても、何故、この場所なの。てっきり本場の中華料理でも食わせてくれると思ったよ」
「それは、お父様のご友人達がいっぱい食べさせてくれたでしょ」
「そう、まぁね」
「それに私、此処が好きなの」
「どうして?」
「さーあ、どうしてもかな」
確かに彼女はミステリアスな人だった、きっと感触さえあやふやなほどに。
「親父には何て言ったの?
あの人からは例の彼女も行くことになったとしか聞かされてない」
「適当によ、今日はおやすみ時間だしね私は、それにお父様なにもお気づきになっていないわ。私達の関係も」
「もしかしたら、全部知っているのかもしれない、そんな男なんだよ」
私達は主に私が上海について質問をし彼女が回答する他愛もない会話をした。
しかし、彼女は最後に私を占った。
「私、知り合いに中国人の占い師がいるの、それで少し教えて貰ったの、そしたら私には才能があるみたい」
「ふーん、それも知らなかったよ」
「占ってあげるよ、手を出して」
もちろん私は拒否しなかった。
彼女が高額な幸せになれる、幸運の金のブレスレットを売り付けてくるタイプの占い師でないことは知っていたから。
彼女は私の手を握り、目を閉じた。私は彼女の胸元だけを見つめていた。
「貴方は相当、苦労する人生を送るわ」
「ところで何を占っているの?」
彼女は目を閉じたまま
「全てよ」と言った
「貴方はそう遠くはない未来に上海からの少女に出会うわ、そしてそれから、中国行きの遅い船に乗る」
そのとき私の頭の中に、ビンク・クロスビーとペギー・リーの歌うSlow boat to chinaという古い歌が流れ出した。
彼女は目を開き私の手から自分の手を離した。
私は尋ねた
「上海からの少女は君じゃないの」
彼女は答えた
「いいえ、たぶん違う。私は貴方の人生の一ページにもならない」
「最後に聞いていい、何で日本では占ってくれなかったの」
彼女は笑いながら
「これは中国でしか使えない魔術なのよ」
人工湖畔 フランク大宰 @frankdazai1995
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