オニギリちゃんのエロ本

西田彩花

第1話

 2019年。この年、何かやらなきゃいけないという謎の記憶がある。2019年…中途半端な西暦だ。元号は変わった。今年から令和が始まった。巷ではお祭り騒ぎだ。だけど僕はそういったものに興味がないし、元号が変わるなんて知らなかった頃の記憶だ。なんだか遠い記憶のような。


 昨年辺りから引っ掛かっていたものの、思い出せずにいた。若干モヤモヤしながら毎日を過ごしている。


 二十代半ばに入った…というかちょうど半ばというか。25歳の僕は、結構立派なんじゃないかと思う。新入社員だった頃はどうなることかと思ったけれど、3年目にもなると慣れてくる。余裕をかますと失敗しかねないので、気をつけてはいるが…。


 そんなある日、懐かしい奴から連絡が来た。


−久しぶり!元気してる?


 中学生の頃よく遊んでいたマナブだ。全然勉強しようとしないくせに学なんてと、よくからかったものだ。でも、高校で猛勉強したらしく、僕には到底入れない大学に入ったところまでは知っている。結局名は体を表すのか。


 連絡先は知っていたけれど、全然連絡を取っていなかった。懐かしくなって電話をかける。


 盛り上がったところで、ふと気になった。2019年って、学も何か知っているような気がしたのだ。


「あぁ、そうそう。俺もなーんか頭に残ってたんだよな。将太もそうか」

「去年くらいからモヤモヤしてるんだよなぁ。何で頭に残ってるのか分からないんだけど…」

「俺も将太もそうってことは、あの連中辺り覚えてるかな」

「…エドガー?」

 その単語で2人とも爆笑した。


 中学生の頃、推理小説にハマっていた奴らで結成したグループ名。なぜ江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポーの名前が似ているのか…そんな話題から始まった。餓鬼だし厨二病だしバカ丸出しだ。


 高校でバラバラになってしまった後は、ぷつりと連絡を取らなくなった。あんなに仲が良かったのに。連絡先だけは知っているのだけど、今さら感があって連絡しにくい。同窓会に縁がない僕は、SNSとか共通の友だちとか、そういったところからちょいちょい情報を得ている程度だ。


 2019年問題が引っ掛かって、結局エドガー全員を招集することになった。連休初日の話である。


 学、オニギリちゃん、マッサー、僕。全部で4人、エドガーメンバーだ。


 懐かしい面子に感動しながらも、2019年問題について誰も覚えていないことにはガッカリした。オニギリちゃんに関しては、2019年そのもの引っ掛かってすらいない様子だ。


「いやぁやっぱりオニギリちゃんだわ」

「学は勉学に励んだし、オニギリちゃんはやっぱ食べてばっか」

「変わんねぇな」


 オニギリちゃんは照れたように笑う。人懐っこい笑顔も、小太りなのも、全然変わっていない。本名は鬼切剛次オニギリコウジ。すごく強そう。体格も強そうっちゃ強そうだけど…喧嘩が大嫌いな平和主義者だ。食べることが大好きなので、親しみを込めて「オニギリちゃん」。


 彼のSNSにはいつも美味しそうな料理がある。変わっていないと思っていた。去年のクリスマス、豪華なケーキと複数のグラスが写っていてドキッとした。まさかオニギリちゃんに彼女…?女の子とパーティー?と思ったけど「ぼっちクリスマスホールケーキ」って書いてあって笑った。


 マッサーは硬派キャラで売っていたけど、全然モテない。モテ意識の硬派キャラ、女子に全然受けない。…はずだったんだけど、今唯一彼女がいる男になっていた。裏切り者め!SNSにそんな気配なかったぞ!…硬派キャラで2人目の彼女を狙っているのだろうか…いや、それは聞かずにおこう。


 近況を一通り話したところで、2019年問題へ。2019年に何をしなきゃいけないのかは忘れていたけれど、全員が覚えていることもある。


 タイムカプセルだ。


 ありがちだが、中学を卒業するとき、タイムカプセルを作った。でもそれがどこにあるかは覚えていない。タイムカプセルの在り処と2019年問題が重なっているのは薄々気づいていたけれど、どう頭を捻っても、全然繋がらない。


「おい学、良い大学行って良い就職先見つけたんだろ。思い出せよ」

「いや、そんなこと言われても…」

「マッサーはどうなんだよ。彼女できたからって浮れてんじゃねぇぞ」

「モテない奴の僻みはみっともないぜ」


 そんなこんなで実のない話をしているとき、オニギリちゃんがチョコレートを取り出した。


「えっ、オニギリちゃん、そのチョコまだ売ってんの」

「てかまだ3時のオヤツとかやってんの」


 笑いの渦に包まれる中、マイペースに答えるオニギリちゃん。


「売ってるところはだいぶ減ったんだけどねー今はネット通販があるからさ。箱買いできるって、大人になったと実感するよ」

「えっ箱買いしてんの?」

「うん、今家に5箱あるー」

「5箱!」


 爆笑する3人をよそに、笑顔のままチョコレートを食べるオニギリちゃん。そう、このチョコレートが時報だったんだよなぁ。


「いや、オニギリちゃん」

「えっ?」

「何でそれちょうど3時に食べるんだっけ?」


 食い気味の学に、マイペースな返事をするオニギリちゃん。


「いやぁ俺、ちょうど3時にお腹空くようにできてるんだって。物心ついたときからそうだよ。このチョコに出会う前はパンとか食べてたんだけ…」

「3時だよ!3時!」


 声を荒げる学。


「3時って何が?」

「3時から始まっただろ、タイムカプセル」


---

『なんかさータイムカプセルって良くね?大人になった自分が見たら違うものに見えるのかな』

『大人になっても変わりたくないよなぁ』

『確かめてみようぜ。どっかに隠さないとなぁ』

『あっは、オニギリちゃんまた3時のオヤツ食べてら』

『3時か…3時…』

『なに、3時の方角に隠すの?』

『3時の方角ってどこだよ』

『いやいや、3時といえば丑三つ時だわな』

『確かに〜!ちょっとホラー要素入れちゃう?』

---


 その後みんなで図書館に向かったんだ。


「そうだ!丑三つ時って3時じゃなかったんだよな」

「そうそう」


---

『なんだよ、3時からは寅なんだな』

『3時きっかりってないんだなぁ』

『でもさ、寅ってカッコよくね?』

『確かに。寅の方角にすっか』

---


寅の方角か。スマホで検索。便利な世の中になったものだ。


「東北東…」

「また、中途半端な方角だな」

「東北東ってザックリしすぎててさぁ。どこに埋めたんだっけ…」


 東北東で悩んでいるところに、オニギリちゃん。


「今年、東北東だったよ」

「え?」

「だからさ、あのー恵方巻き」

「25にもなってまだ恵方巻き食ってんの?一人暮らしで?」

「年齢も一人暮らしも関係ないから」


 のほほんと笑うオニギリちゃん。


「いやでも、2019年が東北東って、まぁ俺らが考えそうなことじゃん」

「ああそうか」


 スマホを付ける学。


「ほら」


−2009年の恵方。方角は「東北東」です。


 ちょうど10年前だ。15歳。中学3年生。10年後の今、タイムカプセルを開けたかったんだ。今の僕に向けたメッセージがある。


「でもさぁ、肝心の場所が分かんないんじゃ…」

「いや、ここまでたどり着いたのもちょっとすごいだろ」

「餓鬼の発想だわな」

「逆に今じゃ難しい発想だな」

「変わったなぁ、エドガーも…俺たちも」

「鬼は外〜みたいな。少年の心は鬼じゃないんだけどなぁ」

「…鬼?」


---

『鬼といえばオニギリちゃんじゃん』

『えー』

『名前は強そうなんだよなぁ』

『ははは、名前はって…』

『オニギリちゃんの家は?』

『え、俺の家に隠すの?やだよ。第一親に見つかるのがオチだって。10年後まで持たないって』

『いや、親に見つからん場所も確保してるだろ…』

---


「あっ!!!!!!」


 全員が閃いた。オニギリちゃんの秘密の場所。エロ本の隠し場所。


「いやいやいや、餓鬼だなぁホント」

「でも確かにオニギリちゃん家に行ったわ」

「オニギリちゃん、エロ本まだ隠してんの?」

「も〜中学生の頃と一緒にしないでよ…」


 オニギリちゃんの家へ向かう。昔ながらの一軒家。懐かしさが込み上げてくる。オニギリちゃんは、大学から一人暮らしを始めたそうだ。高校からは携帯電話を使えるようになったため、エロ本の出番はほとんどなくなったらしい。僕もそうだ。てかみんなそうだ。


 オニギリちゃんの秘密の場所。あの頃の僕が、今の僕へ向けたメッセージ。それがここにある。ワクワクしながらそこを開ける…。


---

『この手紙さ、せっかく書いたけど捨てちゃわない?』

『え、何で?』

『だって大人の自分がもし変わってたら嫌じゃん。違う世界が見えるようになるのは夢があるんだけど、その世界が輝いてるとは限らないじゃん』

『マッサーはたまにリアリストだよな。夢を持とうぜ』

『だけどやっぱ、怖いんだよ。ほら。今仲良くしてるけど、高校はバラバラなんだぜ』

『みんな疎遠になっていくのかな…』

『たぶん高校生活って忙しいと思うんだよ。だからさ、あえて連絡取るのやめようぜ。10年後、2019年。25歳の俺らがここに集まってたら、それだけで奇跡じゃん』

『なんだよそれ、リアリストかと思ったら急にロマンティストかよ』

『うーん、でも俺は賛成だな』

『学までそう言う。どうしてだよ』

『なんとなく、徐々に疎遠になっていくのは寂しいものがあると思うんだ。だってこんなに仲良いんだぜ。だったら、高校は高校、それぞれ楽しもうや。10年後にまた、ここで集まれたら…エドガーらしいじゃん』

『そうか、まぁエドガーらしいっちゃエドガーらしいな』

『2019年、ここで会おう。オニギリちゃんもそれで良い?』

『うん、約束だよ』

---


 そこにはオニギリちゃんのエロ本があった。あの頃、ドキドキしながらみんなで見たんだっけ。そこに写る女の子の笑顔が眩しい。


 中学生の頃ドキドキして捲ったエロ本は、今ほとんどドキドキしない。…変わったっちゃ変わったのかもしれない。


 最後のページまで捲ったところに、マジックペンで書かれた文字があった。


−2019年、25歳のエドガーメンバーへ。俺はみんなが変わろうと、俺自身が変わろうと、みんなの関係は変わっていないと信じてる。だから今、ここにちゃんと集まってるでしょ?25歳からはロマンティストを卒業して、またみんなで遊ぼうよ。お酒も飲めるだろうしね。今日は飲み明かそう。そして大きなホールケーキ、みんなで食べようよ。


 オニギリちゃんの顔を見た。オニギリちゃんは、昔から変わらない笑顔を僕らに向けている。


「一本取られたな」

「食べてるだけじゃねぇな」

「ま、15歳のオニギリちゃんも言ってることだし…」

「今夜は飲み明かそうか!」


 なんだか急に楽しくなってきた。10年前にタイムスリップしたようだ。


「ホールケーキも食べようね〜」


 「ぼっちクリスマスホールケーキ」には、「2019」とか「エドガー」とか書かれていたのかもしれない。だから妙に引っ掛かっていたのかもしれない。サブリミナル的な…今の流れだと、オニギリちゃんならやりかねないと思った。帰ったら確認してみよう。


 取りあえず、今日は飲み明かそう。みんなでホールケーキをつまみながら…。

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