〜第1話〜 天界使役所 特殊天生サポート課

〜第1話 天界使役所 特殊天生サポート課①〜


 私の名前は、エレナ・ココリン。

 現界げんかいの人間として志半ばで天に召した私は、天使として転生しました。

正確には、ここ天界では人間から天使に転生する事を「天生てんせい」と言います。

 新たな世界での生活が始まり、天界での成人扱いとなる18歳から天界使役所てんかいしやくしょ、別名︰天使所てんししょで公務員として働いている。

 私が配属されている課は、特殊天生サポート課だ。

 気がついたらここに勤めて、もう三年目。時間は現界だろうが天界だろうがすぐに走っていってしまう。

 私が何を言っているかわからないと思うので、今年から新入社員として配属される彼女と一緒に学んでもらおう。


 今日は、天界使役所は年に一度あるかないかの臨時休業日。

ただし、職員達には休みは与えられない。

 今日は、今年の新人社員と我々現役社員の初対面の日だ。毎年、四月の頭になると懇親日が一日設けられる。まあ、ほぼマニュアル通りの説明をした後、質疑応答をしたらだべって終わるけど。

 楽な仕事だと思うじゃない?楽だよ?でもね、本来休みの土曜日に、職場に強制出勤させるくせに有給扱いだぜ?これぞ、身体的精神的休息よりも職務最優先、福利厚生なんて知ったこっちゃない、天界公務員の現状ですよ?みんな白い翼を持ってるのに顔はやつれて真っ黒になってるんだぞ。ブラックにもほどがあるだろ?


 それぞれの課がに個室が割り振られ、そこで懇親会が行われる。

 私と、職務怠慢上司ホメロス、有言実行上司エメラルダさん、頼れる後輩ステファニー、二つの課の責任者シゲヨシさん、同期ソラ・スカイシーの六人がこの課のメンバーだ。


「可愛い女の子だといいなー」

「そうですね。ただでさえ、メンタルが削られるこの課を少しでも華やかにするのはいい事です」

「だろ?あ、でもエレナちんみたいなんじゃなくてもっと素直な子がいいなー」

「聞こえてますよ?ホメロス先輩?」

「ヒィッ!もしかして、聞いてた?」

「はい。でも、全然気にしてませんから」

「そうかそうか。ならいいんだ·····。てか、お前、今、俺の名前·····」


 私のその偽りの笑みと大人の対応(建前)をまるまる信じるホメロス。

 私は、こいつのこういう単純なところも嫌いなので少し腹が立った。ホメロスの暑苦しい橙赤色とうせきしょくの髪がより私の苛立つ心の炎を大きくした。


「あっ、失礼しました。ダメカス先輩」

「なんで間違ってる方に訂正するんだよ!ほぼ名前の原型留めてないし!文字数だけだよ合ってるの!」

「あっ、本当だ。文字数だけでも合っていて良かったねダメカス」

「せ、せめて先輩はつけて欲しいなあ!」


 ガヤガヤとうるさい私とホメロスの近くにいたソラが二人を鎮めようと話に入ってきた。


「でも、俺はエレナみたいな子もいいと思いますよ。しっかりしてて、女の子らしいところあるし」

「そ、そうかなあ〜」


 ソラはいつもこういう風に私を持ち上げてくれる。彼は誰にでも優しくするタイプだとわかっている。恵まれた容姿と育ちの良さだけでなく、そのうえ本心で言ってくれているから、あまり嫌味に聞こえない。褒められると、とても気分が良い。天使所の女子にファンクラブができるのも納得である。


「あっ!ソラァ!てめえ裏切りやがって!」

「最初から先輩の味方になったつもりはありませーん」

「ねぇねぇ、どんなとこが女の子っぽい?ねぇねぇねぇねぇ?」

「えーとねぇ·····、エレナはその日の気分によってトレードマークのポニーテールの高さが違うところとか、可愛いなあって思うなあ」

「え?そうなの?私知らなかった·····」

「機嫌がいい時はハイポニーテールだし、怒られたり落ち込んだりしている時は低い一本結びになっているし。あ、ブチキレの時はポニーテールを解いてて·····」


 本当に無意識にやっていたので、今初めて知った。自分のことでも分からないことはまだ、あるんだなあ。男性から褒められ慣れていない私はついつい聞いてしまった。恥ずかしい。

 すると、ステファニーちゃんが

「わかります!エレナん先輩のポニテ最高ですよね!私も、その美しい白銀のポニテを口にしようと自然と手が出てしまうくらい美しいですもん!ムフーッ!」

と、褒めてくれているのだろうけど、どこか背中がゾクゾクするような表現だからだろうか素直に喜べない。

 上司への独特な愛情を持つ(現段階において)一番下っ端を見て、エメラルダさんが手招きをする。


「よーし、ステフちゃん、おいでー。それ以上気持ち悪い事を言えないようにしてあげるから、お姉さんのとこ来なさぁ〜い」

「ひゃぁっ!ひゃい!エメラルダ様先輩!わ、私なんか恐れ多い·····」

「良いのよ〜。遠慮なんかしなくてぇ〜。可愛い子は私、大好きよ」

「いや·····でも·····」

「来いっ!上司命令だっ!」

「ひゃっ、ひゃいっ!」


 これが上司特権という名のパワハラすれすれ権限である。現界なら加害者の上司を訴えても勝てそうだがここは天界。それに神様直属のこの課にこの程度のことは日常茶飯事である。

 もちろん、ホメロスのような無下な扱いを受ける輩もいるが、完全実力主義の天界では過程と結果の両方を重視される。

 エメラルダさんは、聖母のような包容力を持ち合わせ、思わず手を合わせてしまうような笑みを常に浮かべている。たが、滅多にないが、彼女を怒らせると神様でさえ手をつけられないので誰も逆らうものはこの天界に存在しない。ある一人以外は。


「可愛いわね〜ステフちゃんはっ!ほっぺもモチモチで食べちゃいたいくらいだわ〜」

「あ、ありがとうございましゅ·····。あ、あっ、それ以上は·····ああっ!」

「これこれ、ダメだよエメラルダちゃん。ステフちゃんのもちもちほっぺがダメになっちゃうよ」

「はっ!私ったら!ごめんなさいねステフちゃん」

「い、いえ·····。褒めて頂けることは本当に嬉しいので·····」

「あらまあ、それなら良かったっ!」


 愛のキッス(かつてない吸引力)で真っ赤になった天使のほっぺをさするステファニー。

 その横で満足した表情できゃぴきゃぴ嬉しそうにするエメラルダ。

 そのエメラルダをコントロールできるのは、我々の最高責任者のシゲヨシさん。かつては、たくさんの大事案を解決に導いた伝説の超エリート天使所役員で今は天使所で一番おっかないこの部署の責任者をしている。ある事件がきっかけで現場から離れ、ここ数百年は、この課でトップを務めている。

 そんなトップが、現段階で一番下っ端のステファニーに声をかけた。


「ステファニーちゃんは、ここに来て初めての後輩さんができるね。緊張とかするかい?」

「い、いえ!いや、はい!正直めちゃくちゃ緊張しています!エレナ先輩·····」


 震えた声で話すステファニーに、私は?、と女神(級)の圧と視線を飛ばすエメラルダ。


「ももも、もちろん、エメラルダ様先輩やエレナ先輩みたいな上司になれるように頑張ります!」

「あら〜、頼もしいわ〜。ね?エレナちゃん、シゲヨシさん!」

「そ、そうですね」

「うむ。うちの課は、仕事量が多いわりにはあまり人材が足りていない。それに、新人さんがなかなか入らないのも要因の一つだしね。上に掛け合っているんだけどなかなかね。まか、最近は、まだ入ってくれる方だけどね」


 パイプ椅子に腕を組んで座りながら、この課の人材不足を嘆く責任者。

 その話につられて、いつもは真面目な話に絡まないホメロスが口を開けた。


「そうっすよね。あと、いなくなるやつも多いし。突然バンバンいなくなるし、あいつら。本当、残される俺たちのことも考えて欲しいっすよねぇ」


 赤髪のやってらんねぇと言わんばかりの言葉と表情で部屋一帯が一気に凍りついた。

 余計なことを言いやがって。またこいつは。

 私が空気の読めない先輩に一言お休を据えようとした時、意外な人物が先にお灸に火をつけた。


「ホメロス先輩、ジョークでも言っていい事と悪いことがありますよ!あいつらだってあいつらなりの覚悟があったんだ·····。あなたにだって分かるでしょう?我々と同じ半天人はんてんじんなら!」


 ソラだった。

 普段、快晴の青空のような水色髪が気のせいか深海のような黒がかった青髪に見えた。彼の爽やかで温厚な表情はどこにもなく、暗く怒りの眼差しを赤髪に飛ばした。

 それに対し赤髪は、青髪の言葉を焼き返そうと言わんばかりに立ち向かう。


「分かるよ!分かるから消えるなって言ってるんだよ!俺達は簡単に自分たちを辞めちゃいけない!」


 ホメロスの表情は、ソラと同じ怒りが満ちている表情だったが、どこか寂し気にも見えた。

 でも、事実は事実なのだ。

 この課は、突然姿を消す天使が多い。不慮の事故とか病気の類ではない。天使は不死だからだ。病気にもかからないし、どんな致命傷のような怪我をしたって必ず元通りに治る。もちろん、過労死でもない。

 どうして、突然いなくなるの者が現れるのか。それも、こんな小さくて激務な部署のものばかり。

 その理由わけは、ここに入ればいずれわかる。それに耐えられた者が、現在のこの課のメンバーなのだから。

 そう、これから入ってくる新人ちゃんも同様なのだ。


 和気藹々わきあいあいとした空間がたった一言で、嫉視反目しっしはんもくとした空間になった。

 この部屋は、学校の教室くらいの広さがあり、先程まではとても心地よい狭さだったが、いつの間にかに一人一人の距離が一気に遠のいた気がした。


「ま、まあまあ。二人とも落ち着いて。これから新しい仲間がやってくるんだからそんな顔しないで。こういう集団生活において、第一印象が大事って言うでしょ?ね?ね?」


 すかさず重義さんがこの空気を変えるために、二人にフォローを入れる。こういう小さな一言を手早く入れるあたりが上に立つ者としての評価や信頼を変えるのだろう。


「す、すいません。少し、熱が入り過ぎました。気をつけます。」

「俺も申し訳ない、シゲヨシさん·····。また、迷惑をかけてしまった·····」

「うん。今日ぐらいは仲良くしてくれよ?本当に」

「「申し訳ありません」」


 シゲヨシさんがいて良かった。

でも、ホメロスとソラはそこまで喧嘩するほど険悪な仲ではない。前はよく呑みに行くくらいの仲だったらしいが最近はそうでもないらしい。

 多分、あの人のことをまだ忘れられないのだろう。あの人がいなくなってからもう一年が間もなく経とうとしている。私でも、立ち直るまで結構時間がかかったが、二人はまだみたいだ。無理もない。それだけ、二人にとってあの人はかけがえのない存在だったのだから。


「そ、そういえば、もうそろそろですかね?新人ちゃん!ですよね?エレナ先輩?」

 最年少のステファニーがみんなの意識をこれからの新人との顔合わせに向けようと声を詰まらさながら呼びかけた。


「そうだね、ステフちゃん。ありがとう」

「いえいえ、先輩のお役に立つことができれば私はご飯などいりません!私の主食は、エレナ先輩の存在自体なので!いてくれるだけでいつも満腹です!」

「そ、そうなんだ·····。でも、ちゃんとご飯は食べないとダメだよ?この後、懇親会があるからしっかりご飯食べなよ?」

「はい!もちろんです!先輩が隣に居るのにご飯を食べないわけがありません!箸が止まりませんもん!」

「あれ?私って主食なの?おかずなの?」

「どっちもです!よく言うじゃないですか?『ごはんはおかず』って曲になるくらい常識ですよ!」

「それは、とてもハイカロリーで日本人好みな名言だね。私、そんなに太ってるかな·····」

「いえいえ!とんでもない!エレナ先輩ほど心をあっという間に満たすパーフェクトボディーな人はなかなかいません!性的な意味でハイカロリーです!」


 なーに言ってるの、この子は。

ちっちゃい身体をぴょこぴょこしながら熱く語るステファニーは可愛らしいが、如何せん話している内容が重い。色々と重い。


「ステフちゃん、褒めてくれるのは有難いんだけど、ケツをバットで叩き込まれるくらいのセクハラだからね。気をつけてね?」

「はい!承知致しました!もし、ヘマをしたらどんなお仕置きも受ける覚悟です!寧ろ、お仕置きされたいです!何でもいいのでしてください!今にでも!」


 あれ?注意したつもりだったけど、寧ろより彼女のやる気が出ちゃったよ。可愛い後輩なんだけどなあ·····。将来が心配だよ。本当に。


「アハハっ!ステフちんも相変わらずだなっ!」

「フフっ!そうですね!ステフちゃんがいると場が一気に明るくなるなあ!」

「ええ?そうですか?なんで皆さん、笑ってるのか分からないですけど、何かしらのお役に立てたのならうれしいです!」


 ホメロスもソラもステファニーの変態性には勝てないみたいだ。確かに、あの殺伐とした空気を(下心が満載の)花畑のように明るい雰囲気に変えることができるのはこの中で、彼女だけかもしれない。それも、無意識にやってしまう所がある意味頼もしい。

 そんな後輩のファインプレーによって、和やかな空気を取り戻したこの部屋に、外から三回のノック音が響いた。


「はい、どうぞー」


 シゲヨシさんが外からの呼びかけに言い慣れた声と言葉で返事をした。


「失礼します!」


 ドアを開き、大きな声で挨拶をして中に入る一人の女性。コツコツとこれまた耳に心地の良いヒールの足音が、自然と彼女の方へと我々の視線を導いた。

 背は私より少し低い155くらいだろうか。女性スーツに身に纏い、今の我々には無いとてもフレッシュな雰囲気が漂う。黒のテーラードジャケットに、黒の膝上の高さのフレアスカートがより、しっかりとしながらも柔らかい印象を与える。

 その黒い生地に清らかな泉が降り注ぐように黄金の髪が輝いていた。流星痕りゅうせいこんのような美しい輝きをした髪は、枝毛のひとつも無い、とても丁寧な手入れがされているのが伺える。

 その金色の髪を梳く指先は、シルクよりも滑らかで真珠よりも眩しい純白。

 大きな真紅の瞳と高い鼻筋の整えられた顔も、美しい指先から流れるように伸びる腕や細過ぎず太過ぎずの彫刻のような足も美しい純白であった。

 そして、完璧少女の全てを包み込み、より神々しくする金紅色きんこうしょくの翼。

 彼女の姿は、かつてこの課のエースであった彼女を思わせるものだった。


「こ、金色こんじきの髪に真紅しんくの瞳·····」

「純白の肌に金紅色きんこうしょくの翼·····」


 ホメロスとソラは、まるで見た事のあるものを確認するように、その容姿を表す言葉を漏らした。

 私ですら、あまりにも見覚えがあるその姿に思わず声をかけてしまった。


「あ、あなたは·····?」


 すると、彼女は慌てるように、

「は、はいっ!」

 と、元気よく返事をし、両手で自身の美しい顔を数回引っぱたいて気合を入れた。


「初めまして!本日をもって、天界使役所、特殊天生サポート課に配属されました。ルチル・ハイランドです。未熟者で始めはあまり役に立たないかもしれませんが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飛び下りた先で、私はいきたい。 篠宮ハルシ @harushinomiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ