第14話 甘いコーヒー
部屋に戻ると、先生が二人にコーヒーを淹れてくれた。湊人はいつも飲んでいるのだろうか、ブラックのまま普通に飲んでいる。瑠璃はブラックのコーヒーなど飲んだことが無い。せいぜいコーヒー牛乳が関の山だ。
「ん? 瑠璃ちゃん、コーヒー飲まないの?」
「砂糖とミルクが要るんじゃね?」
「なんだ、言ってくれたらいいのに」
「先生、そういうの全然気づかねーのな。だからモテねえんだよ」
「バカ言え、僕が三十五にもなって未だ独身なのは、モテないからじゃなくて理想が高いからなんだぞ」
この二人はいつもこんな調子なのだろうかと瑠璃は驚く。まるで親子のようなノリだ。相手は先生だというのに、湊人は丁寧語を使う気すら無さそうだ。
瑠璃がポカンとしていると、湊人が手を出してきた。
「貸せよ。一個ずつでいいか?」
「え? 何が」
「ミルクと砂糖。人の話聞いてねえのかよ」
「聞いてるよ! 一個ずつ! やっぱりミルク二個!」
湊人が「りょーかい」とカップを受け取って流しの方へ行くのを見送っていると、澤田が穏やかな声を出した。
「瑠璃ちゃん、湊人のこと嫌い?」
「ううん、嫌いじゃないです」
「じゃあ、なんでいつも突っ掛かるような言い方しちゃうんだろうね?」
瑠璃自身にもわからなかった。なんでコイツこんなにムカつくんだろう。
「だって……なんか、バカにされてるみたいなんだもん。さっきだって『何やってんだ』とか」
「でも湊人は『そのままじゃん』って言ったね?」
「言いました」
でも『そのまま』の意味がわかんなかったんだもん――瑠璃は口にこそ出さなかったが、思いっきり顔に出ていたようだ。澤田が笑って続けた。
「そのままの意味なんだよ。単純に何をやってるのか聞いただけなんだ、湊人は」
「え」
「それを瑠璃ちゃんが『バカにされてる』と思ってしまった。そういうこと、学校でも何度かあったんじゃないのかな?」
湊人がミルクと砂糖を入れたコーヒーを手に戻ってきた。
「だけど学校ではみんながあたしを除け者にしたんです。いつも一人ぼっちでした。給食のときも誰も一緒に食べてくれなかったし、体育のときもあたしとペアを組むのを嫌がって、だからいつも一人でした。あたし、人が嫌がるような事、わざとしたりしません」
「わざとじゃねえから瑠璃は気づけなかったんだろ」
瑠璃の前にコーヒーを置いた湊人が唐突に言葉を割り込ませた。その目は瑠璃の瞳の奥を貫いて、逃げることを許さなかった。
「瑠璃は人の嫌がる事をわざとなんかしない。だけど、無意識にやってたかもな」
「そんなこと無いよ、絶対あたし人の嫌がる事なんかしないもん!」
「さっきはどうよ? オレが何やってんのか聞いただけで吹っ掛けて来たじゃん」
「それは湊人がバカにしたような言い方するから」
「オレのせいかよ」
澤田は黙って二人の話の成り行きを見守ることにした。こういうことは同年代で話した方がいいだろう。
「瑠璃が勝手にオレに厭味を言われたと思ったんだよな? なんでそんな勘違いが起きたと思う?」
「湊人の言い方がバカにしてたから」
「オレのせいかよ」
二回目だ。この短時間で全く同じ言葉を二度言われた。瑠璃にとってこんなことは初めてだった。
みんなめんどくさそうに離れて行く。こんなふうに二度も同じ事を言われるほど、誰かと話したことなどないと言っていい。
「瑠璃ってさ、二言目には誰かのせいにするよな」
「そんなことないもん」
「いや、絶対に自分は悪くないってところからスタートしてる。しかもコンプレックス魔人になっちゃってるから、相手に言われたことを全部悪意に受け取る」
「澤田先生の言葉は素直に聞けるもん。湊人の言葉は厭味っぽいの」
「オレのせいかよ」
三回目。何故この湊人というやつは、それでも話を続けようとするのか。
「わかんねえなら教えてやるよ。瑠璃は学校でみんなにハブにされてきた。だから同年代のオレにも壁を作ってんだ。澤田先生は同年代じゃねえからな。瑠璃は同年代に対して警戒してんだよ、絶対にイジワルされるってな」
瑠璃は思わず立ち上がると、湊人の頬を思いきりひっぱたいた。
「あんたなんかやっぱり大嫌い! 人の心に土足でずかずか上がり込んで、仲間外れにされてたあたしのこと、心の中で笑ってたんでしょ! もう来ない」
瑠璃は捨て台詞を残して再び出て行った。
澤田が「どうにもうまくいかんな」と苦笑いするのを見て、湊人も鼻で笑う。
「ったく、これで殴ったつもりかよ、猫だってもう少しまともなパンチして来るぜ。これ、オレが飲むわ」
瑠璃の手つかずのコーヒーを口にして「甘っ!」と叫ぶ湊人に、澤田は「そう言えば」と切り出した。
「近いうちにイラストレーションコンペティションがあるんだ。湊人、出してみないか?」
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