桜の木に宿る悪魔~こ~

 「おつかれさん」純次はあらうねぎらいの言葉をかけると、「んで、どういうことだ?」と、疑問と一緒に、ポケットから出した板チョコを投げた。


 「あ、ありがと、じゅんさん! あんまーい。疲れ癒えるー」純次から板チョコを受け取るなり、すぐに口いっぱいに含む。


 「それにしても凄い汗だな。それに、目が充血してるようだが、大丈夫なのか?」そう言って、しゃがんあらうを気にかけたのも無理はない。


 あらうが対話に使った時間は約一分ほどではあったが、それに見合わない大量の汗に加え、目は血走っていた。


 しゃがんの質問に答えたのは弥勒みろくだった。


 あらうは疲れ果て、純次に至っては悪態をつき、話にならない。そうして、中立的な自分が答えるのが無難だという結論に至ったためだ。この洞察力は弥勒みろくの刑事としての人生を明るいものにした。加えて、気付いたら、助けずにいられない。そんな性分と組み合わさり、日常生活でも厄介ごとに巻き込まれやすい、いや、巻き込まれにいってしまうため、自分で自分に困り果てていた。


だが、反射的に動いてしまうのは仕方ない。そう割り切って、今日を生きている。


 「実際に大丈夫とは言えないでしょうね。検査なんかもしたことないようですし、あらの能力についてはまだ未知数なところも多いんです。簡単な能力の行使であれば、これほどにはならないのですが、今回観たものがそれだけ『想い』といえば良いのか、『記憶』といった方が良いのか、それらの量が多かったということに他ならないでしょう」


 「ほう」そう一言呟き、しゃがんは少し考える素振りを見せた。


 「良いものを見せてもらった……。いや、良い情報を掴ませてもらった」そう言って、あらうの頭を撫でようと手を伸ばした所で、先ほど投げ飛ばされたことが脳裏をよぎったあらうは反射的に避けた。


 続けて、伸ばしたしゃがんの手をまた避けるあらう


その顔はなんとも言えない顔をしている。恐怖にも似たような、恥ずかしいとも感じている顔だ。兎にも角にも、警戒音があらうの頭に鳴り響いているのは、誰が見てもわかる。


 


 「ほう。このワタシを拒むか。この、ワタシを……」平然とした様子のしゃがんだが、拒否されることに慣れていないのか、傷ついたようにも見える。


 「ふん。もうよい。お前の頭を撫でるのは、次の機会にとっておくとするよ」そう言ったしゃがんの目に狂気が宿る。


 「……に、しても、やはり『やつら』絡みか。悪魔。ふふふ、いい例えだ。『奇蹟者』共が聞いたら、なんて言うだろうか」


 「ん? なんだ?」純次の質問に、なんでもないと一蹴したしゃがんは、現場に残された散らばった遺体の破片を見ていた。


 「さて、ワタシはこの後、イタリアに飛ぶ。後は頼んだぞ。弥勒みろくよ」


 「はい。お気をつけて」


 敬礼する弥勒みろくの横には安堵するあらうの姿があった。

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