桜の木に宿る悪魔~と~

 ――『やつら』ってのは何となくわかる。しゃがんが世界を股にかけ、潰し回ってる過激派組織『ビカー』のことだろう。


だが、『奇蹟者』なんてのは聞いたこともねぇな。なんにせよ、やつは何か知ってるな。だが、この場で弥勒みろくになんの情報も共有しねぇってことは、警察組織では手に負えない存在ってとこか。


 「てか、あの野郎、わざと俺にだけ聞こえる声で……」


 「さて、まるちゃんも行ってしまいましたし、今は私達だけでやれることをやりましょう」


 「お前、まるちゃんて呼んでんのかよ」


 「それはそうですよ。上司のご命令なので」


 「かー。律儀だなぁ。あんな得体の知れない存在に……。まぁ、今する話ではないな。話を進めるか」


 「そうだよ。今はそれどころじゃない。僕たちは約束を果たした。弥勒みろくさん。約束覚えてるよね?」


 「えぇ。そうですね。や、き、に、く、ですね? それにしても、この現場見て、よくもまだ肉が食べたいなんて言えますね。正直なところ、別のものになるかと思ってましたよ。まぁ、約束は約束ですからね。私は一度署に戻らなければならないので、夜になったら、私の家に来てください。最高のお肉を用意してお待ちしていますよ」


 「えー。ジョジョ肉の約束だったじゃん!」


 「俺は、弥勒みろくの言う通り、肉はちょっとなぁ。ビールが飲みてぇ」


 「そうですか。わかりました。純次にはビールを。あら、例えばですが、ジョジョよりおいしいお肉がある……。大事なことなので、もう一度、ジョジョよりおいしいお肉があると、言ったらどうしますか?」


 不敵に笑う弥勒の眼鏡が鋭利な刃物の先端のようにドス黒く輝く。


魅力的な餌を前に、あらうは頷くしかなかった。


 「ですが、その前に『検討会』ですよ。そのために私の家でというわけなので」


 「了解しました!」と、二人が元気よく応えるのを見届けた後、弥勒みろくは分厚い書類を純次に渡し、規制線近くにいた警察官に純次とあらうが現場に残る旨を伝え、場を後にした。


 「さて……。夜に備えて、もう少し現場を見ておくか?」


 「そうだね。被害者の情報と、この現場は把握出来たけど、動機が全く見当もつかない。これだけの人物だし、恨まれている可能性は大いにありそうだけど……。一度整理した方がよさそうだね」


 「その辺の情報は弥勒みろくが今おいていった書類にまとめてあるぞ。ほれ」


 「うわっ! ちょ、ちょっと、風吹いてんだから!」


 調査書が風にあおられ、あらうの頭上を越え、宙を舞う。


書類をなんとか掴もうと伸ばした手、その先の規制線の向こう側に仮面を被った何者かの姿が見えた。


書類がひらひらと表から裏へ、裏から表へ、何枚も宙を舞う中、時が止まったかのように感じるこの空間で、あらうが見たその姿は、『対話』したときに見えた無表情な仮面。


 それを被った男。いや、おそらく男だろうという判断。


黒いパンツに黒いシャツ、身長180センチくらいで、線は細いが、引き締まった身体。何よりも、仮面で顔が確認出来ないことや、肩まで伸びた長い髪が、判別のつかない大きな要因となった。


 全ての書類が地面に落ちる頃、その姿はどこにも無かった。


 「なんだ。今のやつは……」

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