桜の木に宿る悪魔~や~

 視覚を遮るように広げた右手で目元を隠す。肺に溜めた空気をゆっくりと吐き出し、体全体の力を抜いき、思考することを止める。


 小鳥のさえずりや遠くから聞こえる車のクラクションの音は少しずつ遠のき、辺りに漂っていた花の香りをやわらかな風が運び連れ去ると、先ほどまで飲んでいた炭酸飲料の口内に居座っていた甘さが消えた。


 少しの沈黙の後、あらうは目元から手を離し、向けた目線の先には桜の木に宿る悪魔の姿があった。


それは、人間では視認することのできない世界。


 それは時に黄昏たそがれよりも暗く、時に薄明はくめいよりも明るい。五感に問いかけたあらうの意思を超えた『何か』に、強制的に焦点が合わせられていった。


 「花柄の……、あく……ま」


 あらうが発した言葉は辛うじてその場に居合わせた者達の耳に届くほど小さかった。


 その目に映ったのは、円が幾多にも重なり、花の様な柄となった服を着た人型の悪魔。悪魔、そう形容せざるを得ない姿。


 「頭がみっ……つ、どれも仮面で顔がわからない。右が幼女の面。左は成人女性の面。正面は男性とも女性とも見分けがつかない顔で無表情な面、それには無造作に赤い液体がこびり付いている。体から生えている腕はあやつり人形を操り、正面にある桜模様の達磨を割っている」


 操られた人形は、桜模様の達磨を叩き割る。何度も、何度も、何度も、同じ個所を無限に再生し続けているような光景。割れて、戻ってを繰り返す映像に終わりが見えないことを悟ったあらうは、そっと目を閉じた。

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