桜の木に宿る悪魔~な~

 「ところで……、弥勒みろくさんの後ろにいるのはどこの子ですか?」


 「……? あ! いつの間に来られていたんですか! 着いていたなら、普通に声をかけてください」


 弥勒みろくの背後にいる人物を見るなり、純次の顔は曇った。その表情から、不安な様子が見て取れる。


 「この方はですね。私のじょう……」


 「よい、弥勒みろく。自己紹介くらいは自分で出来る」


 弥勒みろくの紹介を止めた後、一歩下がった弥勒の後ろから現れたのは、身長150センチほどの小さな女の子だった。


 「ワタシの名はしゃがん まる。まるちゃんと呼ぶといい」


 


 愛嬌のある声に反して、人を小馬鹿にしたような芝居がかった口調。歩くたびに揺れる前髪により、時折見える目元は、漢字で表すと『はじめ』。その無機質な横一文字の目には反して、不気味にも上がった口角のせいか、感情は読み取れない。


 「可愛い女の子ですね。刑事ごっこかな? でも、ここは事件現場だから、近づいちゃだめだよ。お嬢ちゃん」


 「あ、あら! だめです」


 そう言って、しゃがんの頭をなでるあらうを止めようとした弥勒みろくの行動は徒労に終わった。


 弥勒みろくの言葉に振り向く間もなく、あらうの体は宙を舞い、次の瞬間には天を仰いでいた。


 「人を見かけだけで判断しない方がいいぞ。お坊ちゃん」


 仰向けに倒れたあらうへと、皮肉を言い放ったしゃがんの口角は変わらず上がっている。空を仰ぐあらうは、「驚いたぁ! 受け身もとれないなんて……」と、すぐに立ち上がる様子もなく、ただ関心していた。


 あらうのこの結末も無理はなかった。あらうに限らず、誰がどう見ても、しゃがんの見た目からは、力の差は読み取れない。それほどに、しゃがんの見た目は幼い。


  


 「それで? 【対話】とは何だ」


 弥勒みろくが駆け寄り、あらうに手を差し伸べる最中さなかしゃがんは話を進めた。そして、その質問に答えたのは、純次だったが、普段の陽気さはない。


 「あらのちょっとした特殊な能力のことだ」


 「純次か? なんだ、いたのか。久しいじゃないか」


 「俺がいたことにはずっと気付いていただろうが、ほんっと昔っから変わらず、嫌な人だなぁ」


 「嫌な人とはなんだ。ワタシに失礼だろ?それにしても、あらとは一体……? あぁ。こいつのことか?」


 「俺の息子だ」


 「お前の息子……。ん? お前、結婚してないだろ。どういうことだ」


 「その話はまたにしてくれよ。しゃがんさん」


 


 極めて、冷静な様子を装ったものの、純次の顔からは怒りが見て取れる。


 


 「何年も前からワタシのことはまるちゃんと呼べと言っているだろう。いつになったら覚えられるんだ。その小さなおつむにはそんな情報も保持できんのか」と、茶化し「ふん。まぁいい。話を続けろ」とだけ言って、腕を組んだ。


 


 ――誰のせいだっつーの。


 純次は危うく出そうになった声を、心の中にだけ収めた。これ以上、話をややこしくするのはご免だった。


 「一般的な認識としては、人の感覚は五つあって、【視覚】【聴覚】【触覚】【味覚】【嗅覚】に分類される。だが、細かく分類することで、今では二十以上あることがわかっている。それらは人間の生物としての進化の過程でいい感じに調整されて、現代人の形となったわけだ。あらはこれらの感覚から、色々な情報を読み解き、視覚化することで、あらだけに見える潜在的な『何か』を読み解く事が出来るんだ」


 「なにか……? わかるように、具体的に話せ」


 「簡単な例を挙げると、泣いている赤ん坊が何で泣いているかを理解出来たり、有名な絵画を見た時の作者が何を表現したかったかなどの心情なんかだな」


 「ほう。なるほど」


 二人のやり取りを黙って見ていた弥勒みろくは安堵していた。実のところ、しゃがんと純次が以前より不仲であることは知っていた。


 そのため、今日この日にしゃがんが現場に来ることをなんとしてでも阻止しようとしていたのだが、結果としてはこの通り、しゃがんを止めることなど出来なかった。


 


 「まぁ、見た方が早いか……って、言っても、あらにしか見えない世界だから、俺たちは言葉を拾うことしか出来ないしなぁ」


 「それでも、実際に見たほうが早いですよ。時間もないことですし、そろそろ始めてもらってもいいですか? あら」


 そう言われ、純次の説明の間、しゃがんから投げられた時の動作を復習していたあらうは「オーケー」と親指を立てた後、目を瞑り、深呼吸した。

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