桜の木に宿る悪魔~む~

 純次が弥勒みろくに続き、奥へ進むと、事件現場とは思えない風景が目に飛び込んできた。


 様々な種類の樹木が池の周りに立ち並び、ほとりには黄色い『菜の花』、青い『ネモフィラ』、桃色の『撫子ナデシコ』などを中心とした色とりどりの花が咲きこぼれ、池の中心には亀を模した噴水が宙に向かって水を吐き出している。

 美しい風景の中に一本だけ桜を散らす木が佇んでおり、その根元には目を向けることが、神への冒涜になるような光景が広がっていた。


 かつて、純次は世界を周って様々な地域を旅した。


 その中には、紛争地帯や貧困に苦しむ地域も多く、周った数とは大きく反比例した数の死に触れた。

 栄養失調を含む飢餓による死、暴動やレイプといった暴力的な被害にあっての死、極度のストレスからの自殺による死、色々な『死』と向き合ってきた純次でも、今回の事件現場を見て、手を合わせる暇もなく吐いた。


 その場だけが、時が止まったかのように錯覚させられる光景、一つの絵画のような現場には、人であったことの痕跡が僅かにしか残していなかった。


 『頭』、『体』、『右腕』、『左腕』、『右足』、『左足』、『右腕の親指』、『右腕の人差し指』


 「……『左足の薬指』、『左足の小指』、とにかく目に見える体の部位は全て切り離され、人だったと認識するのには時間がかかりました。もちろん、体からは贓物が抜かれた上に、無造作に身体の周りに散らかっているのは今までのやり口と同じです。じゅん。大丈夫ですか?」


 先程まで陽気に飲み干した炭酸を全て出し切った純次は、黙って頷き、質問で返した。


 「『それ』はなんだ。情報が出回ってないぞ」

 「当たり前じゃないですか。公表出来るわけないですよ」


 昨日の夜に食べたラーメンまで出てくるんじゃないかと鬼気迫る思いで、吐き気を我慢し、顔を青くしている純次の背中をさすりながら、純次の言う『それ』に弥勒みろくは視線を送った。


 『それ』と純次が冷静さを失い、弥勒みろくの視線の先にあるのは、被害者の周りに散らばる桜の花びらだった。


 


 ――それは、花びらのような形。


 ――それは、花びらのような薄さ。


 ――それは、花びらのような色。


 それは、えぐり取られた人の皮、肉、臓器から作られた桜の花びらだった。


 「これも含め、ここから先は三年前より情報操作により、公式発表していない内容になります。もちろん、今回の事件についても、詳細は公表しないです。じゅんなら心配はいらないでしょうが、もし漏れるようなことがあれば、命の保証はしませんよ」


 そう言って微笑み、弥勒みろくは純次の背中を軽く叩いた。


 「被害者の男性は里中さとなか 五霧うきり。とても有名な方で、俳優やタレントとしてとても人気があります。甘いマスクから女性ファンも多かったようですね。昨年には引退宣言から、五霧うきりロストなる現象が起きて、日本を騒がせました。その理由は」

 「その理由は現内閣総理大臣 里中さとなか 跡無あとむの二世政治家として、政界に名乗りを上げたから……だよね?」

 「そうだ。最近ようやく新聞にも目を通して、ニュースなんかも観るようになって、成長したなぁ。あら」

 「……あら?……っておい! 自然か? いつの間に来てたんだよ。普通に声かけろよ!ったく」


 悪戯な笑みを浮かべたあらうを叱る純次を見ていた弥勒みろくは、頬が緩むのを感じ、一つ咳払いして、二人のたわむれを終わらせると、あらうの髪をくしゃくしゃにした。


 「よく来てくれましたね、あら。ありがとうございます。でも、この間みたいなのは勘弁して欲しいものですね」


 そう言って微笑んだ後、せっかくセットし直したのにとボヤいたあらうの頭から手を離した。


 「この間は迷惑かけちゃってごめんね、弥勒みろくさん。今回は力になれるよう努力するよ!」


 あらうはそう言って屈託の無い笑みを浮かべた。


 「あら。そろそろ【対話】を始めてくれ」

 「うん。わかった。でも、その前に一ついいかな?」


 そう言って、あらう弥勒みろくの背後に目をやった。

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