桜の木に宿る悪魔~い~

 ポケットに震えを感じたあらうは携帯を取り出すと、画面に浮かんだ<新着メール有り>の文字が目についた。


 ――このタイミング、きっとじゅんさんからだな。


 あらうの予想通り、届いたメールは純次からで、メールの内容は現場の場所と行き過ぎた行動に対しての注意文だった。


 「むー。そんなに心配しなくても大丈夫なのに……」


 むすっとした顔で、純次からのメッセージを受け取ったあらうは了解とだけ返事を送った。


 「公園では何する予定?」

 「えっと……あ、私は写真を撮るつもり。さ、桜の花が好きで、えへへ」


 そう答えたひよりの顔は桃色に染まっている。


 「へー。撮った写真見てみたいなぁ」

 「い、いやいや。人様に見せられるような写真じゃないし」

 「いいから、いいから。ちょっとだけ! お願い」


 あらうは世間一般から見ると、可愛い顔をしているといえる。ひよりから見てもそれは同じようで、赤くなった顔が見えないようにうつむき、小さくコクンと頭を縦に揺らした。


 ひよりから差し出されたカメラを受け取り、収められた写真を一通り確認したあらうは顔をしかめた。


 それから間も無くして、今更だけどさと、話を始めた。


 「なんで、さっきの男がひよりのカメラを盗ったのかわかったよ」


 首を傾げ、頭に『ハテナマーク』が無数に浮かべているひよりにあらうは話を続ける。


 


 「本当は、さっきの男から聞こうと思ってたんだけど、意識飛ばしちゃって聞けなかったし、警察に連れていかれる間際も僕に敵意丸出しだったから、聞きそびれちゃったんだよね」


 そう言って、無邪気に笑うと、ひよりにカメラの液晶を向けた。

 そこに映っていたのは、有名な神社の桜並木の道沿いに、たくさんの人が溢れ、桜が舞っている様子だった。幻想的な瞬間が収められた写真からはひよりのセンスの高さが伺える。

 ここだよと、あらうが指差した先には一組の老夫婦、そしてさっきの男がいた。


 「え、あ! これ、もしかして……」

 「そう。これを撮った事がひよりが狙われた原因だったんだよ」


 写真には男が老夫婦の持つ鞄に手を差し込んでいる瞬間が映し出されていた。


 「本当にただのとばっちりってやつだね」

 「全然気づかなかった……」


 真相が判明したひよりの様子からは怒りよりも、悲しみが先んじていた。


 「まぁ、運が悪かったってこ……」

 「違うの」

 「ん?」

 「このお爺さんとお婆さんはせっかく二人きりでデートを楽しんでいたのに、こんな事に巻き込まれてしまって……。今頃きっとお金がなくなった事に気付いて、台無しになってしまってるんじゃないかなって……」


 ――この子はさっき自分も同じ目にあったというのに、赤の他人にを気にかけるなんて……。ん?あれは……。


 「やっぱり、大丈夫みたいだよ。あれを見て」


 そう言ったあらうの視線の先には被害者の老夫婦と息子と思われる男性の姿があった。


 「おばあちゃんのあの様子や男性の様子からすると、ドジなおじいちゃんが財布落としちゃったってな感じで受け止められてるんだろうね」

 「う、うん。 そうみたいだね。本当のこと教えてあげた方が良いかな?」


 それに対して、首を横に小さく振ったあらう


 「それは警察に任せよう。今、この時は家族の幸せな時間を邪魔しちゃいけないと思う」


 それもそうだねと、小さく頷いたひよりに、一つの小さな風が桜の花びらと共に訪れ、周りを流れる。その姿にあらうは時が止まったようにも思えた。


 「家族っていいね。とても幸せそうで、羨ましくなっちゃう」


 そう言ったひよりから目が離せずにいるあらうにひよりは首を傾げる。


 「ん?」

 「いや、何でもないよ! あ、ほら! この公園だよね?」


 気付くと目的地の公園の前に着いていた。


 「改めて、先ほどはどうもありがとうございました。本当に助かりました」

 「全然だよ。何かあれば、いつでも『依頼』してね」


 そう言ったあらうはひよりに一枚のカードを渡した。


 【何でも屋兼探偵事務所~ホントにどんな仕事も請け負います。どぶさらい、夕飯のお使い、犬の散歩なんなりと!出来れば、夕飯にもお誘いください。どうかご依頼お願いします~ TEL:03-xxxx-xxxx FAX:03-xxxx-xxxx】


 「あ。書いてあることはそんなに気にしないで、最初は強気なコメント書いてたんだけど、あまりにもお客さんがいなくて、へりくだり始めたら、わけわかんないことになってて……あ! これ作ったのはじゅんさ……、父さんだから、僕のセンスじゃないよ」


 慌てた様子のあらうにひよりが笑顔で、その際はぜひお願いしますと深々と頭を下げた後、カメラを構え、公園の奥へと姿を消した。


 ――それにしても、さっきの風が吹いたときの桜の不自然な様子。


 ひよりから見えた不気味な影は一体……。詮索するのは無粋か。


 「さてと」


 あらうは公園入口の自販機で炭酸飲料を買うと、飲みながら公園の奥へと歩みを進めた。


 「やっぱり飲み物は炭酸に限るなー!」

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