第五十五話 「別れ、そして」

 エイカーの港町は相変わらずの賑わいだった。

 エルヘの船を見送ると今度はそこでもう一つの別れが待っていた。

 既に結婚したザンデとリシェルが、リシェルの故郷である北西に隣り合うウディ―ウッドの町に行くことになったのだ。その道連れに故郷のヴァンピーアを目指すグシオンも加わった。

「今から緊張してきたぜ」

 ザンデが言った。

「もう結婚したんだから親の許しも何も無いと思うけどな」

 ライナが応じた。

「そうは言ってもな……」

 ザンデが不安げに言うとグシオンが口を開いた。

「俺がお前達二人の見届け人として口添えをしてやろう」

「本当か、グシオン?」

 ザンデが問うとグシオンは深く頷いた。

「頼んだでおじゃるよ、グシオン」

 麻呂が言うとグシオンは答えた。

「お前の方も上手くいけば良いな」

「お、おじゃる!?」

 麻呂は戸惑った。するとライナが言った。

「え? それって麻呂に好きな人がいるってこと?」

「ああ。意外と身近にな」

 ザンデが笑う。

「そうですね」

 リシェルも微笑んだ。

「え? え? 何でみんな知っててアタシだけ知らないのよ?」

「それはお前がその方面には疎いってことだよ。心配するな、麻呂がそのうち教えてくれるさ」

 ザンデが上機嫌で言うとライナは振り返った。

「そうなの麻呂?」

「お、おじゃる!?」

 麻呂はびっくりした。

 ザンデ達が笑う。

「それじゃあな、二人とも。なかなか楽しい冒険だったぜ」

 ザンデが言った。

「お二人ともお元気で」

 リシェルが続く。

「ではな」

 グシオンが言い、三人は出立していった。

 麻呂とライナも三人の背に別れの言葉を述べた。

「じゃあ、今日は久々にティアおばさんのとこに泊まろうか。リン、それで良い?」

「ティアのとこ行く―」

 リンが頷いた。

 そうして賑わうエイカーの街中を歩んでゆき、ティアの屋敷の前に着いた。

 ライナが扉を開けると、リンが中に飛び込んでゆき、声を上げた。

「ティア―」

 すると慌ただしい音がし、有翼人の女性が現れた。

「アンタ達、また来たの?」

 ティアはまるで無理やり笑みを隠すかのように顔の表情を不安定にさせながら言った。

「来たのー」

 リンが言うとティアは一つ溜息を吐いた。

「まぁ、上がんなさい」

 そう促され三人は屋敷の中へ入って行った。

 その晩は表情とは裏腹に煌びやかな食卓が三人を出迎えた。ティアが腕を振るった様だ。

 当然話題はエルへ島のこととなり、魔人との戦いの事なども話した。

「それで、この子はなんでここにいるの?」

「長老様が亡くなる寸前に私達に頼んできたの。うちで育てようと思うんだ。母上なら反対しないだろうし」

「ふーん、そうなの」

「ティア―、御本読んでー」

 リンが言い、ティアは立ち上がった。

「良いわよ。アンタ達も疲れてるんならもう寝なさい」

 ティアが言った。

 そして翌朝、エイカーからバルケルヘ向けて出港する便に乗ろうとした時だった。

 見送りに来たティアが言った。

「アンタ達にお願いがあるんだけれど」

「どうしましたでおじゃるか?」

 世話になったティアの頼みなら何だって聞こうと麻呂は思って応じた。

「リン、なんだけど……アタシに預けてくれない?」

 思わぬ頼みに麻呂とライナは顔を見合わせた。

 するとティアが頭を下げた。

「お願い。必ずこの子を幸せにするから」

「リンに訊いてみようよ」

 ライナが提案した。

「リンはティアおばさんのうちの子になるのと、アタシの家の子になるの、どっちが良い?」

 屈み込んで微笑みながらライナがリンに尋ねた。

「ティア―」

 リンは即座に答えた。

 するとティアが地べたに尻餅を着いた。

「御本読んで貰うのー」

 リンが言った。

「じゃあ、ティアおばさん、リンのことよろしくね」

 ライナが言った。

 麻呂が手を貸してティアを起こした。

「え、ええ、ええ、必ずこの子の幸せを第一に育ててゆくわ!」

 ティアが力強く言った。

 船が港に入って来た。船員の呼びかけが始まった。

「じゃあね、リン、ティアおばさんにたくさん御本読んで貰うのよ」

「うんー。麻呂―、ライナー、バイバイー」

「うん! ティアおばさん、リンのことお願いね!」

「ええ、任せて置いて! ライラによろしくね!」

 二人に見送られ、麻呂とライナは乗船したのだった。

 船が出航する。陸が離れてゆく。ザンデにリシェルにグシオン、そしてリンにティア。ここでも色々な人と別れることとなった。エルへ島と同じ感慨を麻呂は覚えたのだった。



 二



 船上で二人は話さなかったわけでは無いが、それでも口数は少なかった。

 そうしてようやくバルケルに船が到着する。

「うーん! 帰ってきたわね!」

「そうでおじゃるな」

 そして二人はライナの屋敷を目指した。

「たっただいまー、母上!」

 扉を勢いよく開くとライナが声を上げた。

 慌ただしい足音と共に若々しいライナの母が現れた。

「ライナ、それに麻呂殿! そうかリンを無事にエルへ島に送ることができたんだな」

 ライナの母は興奮気味に言った。

「うーんそれがね。事情があって、リンはティアおばさんの子になることになったの」

 そこで二人はエルへ島でリンの祖父が亡くなり、その直前に自分達にリンのことを託したことを話して聞かせた。

「そうか、ティアイエルなら大丈夫だろうな」

 ライナの母が言った。

「ライラによろしくって言ってたよ」

「そうか。たまには私も顔を出しに行こうか」

 そうして麻呂は短い間だったがその腰にあった刀、牙翼を差し出した。

「御母上殿、約束を果たしましたので、こちらをお返しいたすでおじゃります」

「麻呂殿、よくぞ、私との約束を果たして下さった。それでは受け取らせていただこう」

 刀はライナの母の手に収まった。

「それでは、麻呂はこれにて失礼いたすでおじゃります」

 麻呂が背を向けようとすると、ライナが言った。

「そんなこと言わないで一晩泊って行きなよ。良いでしょ、母上?」

「勿論だ。麻呂殿なら大歓迎だ」

 そうして麻呂は一晩ライナの家に宿を借りることとなった。

 夕食時、ティアの家の時と同じく、エルへ島のこと魔人の事を酒を次々呷りながらライナが饒舌に話した。

 あまりにも饒舌過ぎたのか、ライナの母は不審な顔で麻呂に本当かどうか、何回も確認を取ってきた。

 そのうち、弟のライドも帰って来て、賑やかな団欒になった。

 明くる日、麻呂は頭陀袋を背負い、ライナの家、グラビス家の玄関口で別れと御礼とを述べた。

「またいつでも来られれば良い。麻呂殿なら大歓迎だ」

 ライナの母はそう言ってくれた。

「じゃあね、麻呂」

 心成しか、やや曇り気味の顔でライナが言った。

「ライナ、元気ででおじゃる。酒を飲み過ぎて暴走しては駄目でおじゃるよ」

「うん、分かってる」

 少し笑ってライナが頷いた。

「それでは、失礼するでおじゃります」

 麻呂はライナとライナの母に背を向け屋敷を後にした。

 坂を下って行く。

 麻呂は溜息を吐いた。

 一人になった途端にこんなに寂しい思いをするとは思わなかった。

 それだけライナの存在は自分にとって大きかったのだ。

 だが、甘えてはいけない。これからが本当の武者修行だ。

 そうして坂を下り終えた時だった。

「麻呂ー、待って!」

「おじゃる?」

 麻呂は立ち止まった。すると金属鎧を着こみと旅の用意をしたライナが合流してきた。

「ライナ、その格好はどうしたでおじゃるか?」

「武者修行だよ。アタシまだ行ってないところあるもん」

「どこでおじゃるか?」

「麻呂の家だよ」

「おじゃる!?」

 麻呂がびっくりするとライナは言った。

「だからこれからもよろしくね、麻呂!」

 眩しい顔でそう言われ、麻呂は断り切れなかった。いや、断る理由が無かった。ライナと再び旅ができる。それが心の底から嬉しかったのだ。

「分かったでおじゃる。今度は麻呂がライナを招待するでおじゃるよ」

「麻呂の家にお酒ある?」

「あるでおじゃるよ」

「山のように?」

「そうでおじゃるな」

「やった! 麻呂の家のお酒は、このライナちゃんが飲み尽くすんだから!」

 ライナが笑った。

 この笑顔に麻呂は自分がどれだけ癒され、安堵されたのか痛感した。

「それじゃあ、イージアに向けて出発するでおじゃるよ」

「おー!」

 こうして新たな旅が始まったのだった。



「麻呂とライナの冒険譚」 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「麻呂とライナの冒険譚 -円卓の騎士団-」 Lance @kanzinei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ