第五十四話 「帰還(二)」

 迷宮を抜けると既に日が昇っていた。

 鳥達のさえずりが聴こえ、麻呂は驚いた。どうやら島の動物達は危機が去ったことを本能で感じとったらしい。

「晴れ晴れした気分だね」

 ライナが伸びをしながら言った。

「そうでおじゃるな」

 隣に並んで麻呂も伸びをした。

 一行は野宿を挟んでゆるりと帰途へ着いた。

 円卓の騎士の神殿ではレイチェルが待っており、カーナギスが完成させた絵画を見せてくれた。

 色がしっかり染められている。麻呂達円卓の騎士とレイチェルが描かれている。見事な出来栄えだった。

 神官カーナギスもまた役目を交代する為に帰りの一向に加わった。

 エルヘの見張り台へ到達すると、家の隣に六つの墓標が出来ていた。レイチェルが言うにはドワーフの隠者グラッツも力を貸してくれたらしい。

 麻呂達は墓場に眠る戦士エグダート達の冥福を祈りながら、今晩はそこに寝泊まりした。

 そうして歩きに歩き続け、ようやくリンのいるエルヘの集落へ辿り着いた。

 住民達は半信半疑で出迎えたが、ディアブロが死に、魔界への扉も閉じられたことを知ると大騒ぎになった。

「麻呂ー、ライナー、おかえりー……」

 リンが家の中から出てきたが、表情がどこか元気が無かった。

「どうしたのリン?」

 ライナが尋ねる。

「おじいちゃんー……」

 リンが沈痛な面持ちでそう言ったので、一行は長老の家に入った。

 長老は床についていた。顔色も悪くもう長くは無いと麻呂は悟った。

「円卓の騎士様、御役目誠にかたじけのうございました」

 長老は床についたままそう言った。そして言葉を続けた。

「私はもう長くはありません。今日明日の命でしょう。その前にあなた方に最後のお願いを聞き届けて頂きたいのです」

「伺うでおじゃる」

 麻呂が言うと長老は話した。

「リンはワシの本当の孫ではありません。ある日海岸に赤ん坊が流れ着いたのです。その赤ん坊こそがリンなのです。ちょうど港へ出ていたこの私によく懐いたので、孫として育てましたが、リンは本当は大陸の方から流れ着いたのだと私は思っているのです。つまりリンにはエルヘの血が流れていないのです。ならば、大陸で育つべきだと私は思うのです。だからこそ、あなた方にたいする最後の願いとして、リンの里親を大陸で見つけてやってほしいのです。このような狭い島で一生を終えるよりは広い大陸で色々学び立派に成長してほしいと私は思っております。ですから――」

 長老が咳き込んだ。

「わかりました。リンのことは任せて下さい」

 ライナが言った。

「ありがとうございます」

 長老が応じた。

 そして翌日、眠る様にして長老はこの世を去ったのだった。

「おじいちゃんー……」

 リンが長老の入った棺に向かって言った。

 既に集落の男達によって棺は穴の中へ収められ、土がかけられていた。そこへ飛び出そうとするリンをライナが抱き締めて止めた。

「おじいちゃんはね、神様のところへ行ったんだよ。会うことはできないけれどお空の上からいつでもリンを見ているんだよ」

 リンは頷き、これ以上は取り乱す様子も見せずに育ての親の最後を見送っていた。

 神官カーナギスが魂を送る唄を詠んでいた。

 その日の夜は粛々とした祝いが行われていた。長老のために残された自分達がどれほど元気なのかを見せるお祭りだった。

 円卓の騎士とレイチェルは静かに酒を呷り、故人の冥福を祈った。麻呂が見たところ、ライナも酒は控えて、膝の上で眠るリンに時折目を向けていた。

 翌日、円卓の騎士とレイチェルは改めて帰途に着くことにした。リンも一緒だ。

 集落の人々に礼を言われ、一行は見送られた。

 そして一度野宿し、次の日には森の診療所へ辿り着いた。

 ゴブリンのギギンボが一行を出迎えてくれた。

 その日の夜、リンが眠ったのを見て麻呂達は短い話し合いを始めた。

「リンちゃんだけど、私が面倒見ましょうか?」

 レイチェルが申し出たが、ライナが頭を振った。

「リンはうちで面倒みます。母上も三人目の子供を欲しがっていたし、それにリンも懐いていたから上手くやっていけると思います」

 ライナが言った。

 翌日、レイチェルに見送られ一行はエルヘの港を目指すことになった。

「みんな、元気でね」

 レイチェルが言った。

「レイチェル殿もどうぞお元気ででおじゃる」

「レイチェルさん、色々とありがとうございました。種族間の橋渡し役頑張って下さいね」

 付き合いの長い麻呂とライナがそう言い、他の円卓の騎士の面々とリンも別れの言葉を述べ、出立した。

 港に着くと、彼らはいつぞやとは違い住民達に大歓迎された。

 エルへ島の救い主! 人々は円卓の騎士とリンを囲んでそう称賛した。そして臨時で大陸までの船を出してくれることとなった。

 船に乗り、エルへ島から離れてゆくと、麻呂は途端に一抹の寂しさを感じた。

 出会った人達、冒険に魔人との戦い。それらが遥か昔の出来事のようにも思えて来た。寂しかったが、懐かしさもこみあげて来たのだった。

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