第五十三話 「帰還(一)」

 ずっとずっと音が聴こえている。それが声だと気付き、声の主がライナのものだと分かった時、麻呂は目を開いていた。

「麻呂!」

 涙を流しながら驚くライナの顔がすぐ目と鼻の先にあった。

「ライナ」

 絞り出すように呻きつつ彼女の名を呼んだ。

「麻呂!」

 ライナが抱き締めてきた。その熱い抱擁を麻呂は僅かに戸惑いながらも受け入れた。

「麻呂は死んだはずでおじゃった」

 麻呂が言うとライナが顔を少し離して頷いた。

「うん、そうだった。でも、何か凄い光りに包まれたと思ったら、麻呂が生き返ったのよ」

「凄い光り?」

 麻呂はそう問いながら、自らの亡骸の首元から七色の光りが放たれたのを目撃したことを思い出した。

 首に触れると、そこには首飾りがあった。集落で出発前にリンに渡されたものだった。

 色とりどりの鉱石でできていたはずのそれは全て焦げ付いたように黒ずんでいた。

 麻呂が首飾りを取り出すと仲間の面々が覗いて来た。

「リンがくれた首飾りでおじゃるよ。前は色々な綺麗な石だったでおじゃるが」

「魔法の品かもな。しかし、死者を蘇らせるほどの道具を何故リンが?」

 ザンデが尋ねてきたが、思い出したように言った。

「生き返ったといや、お前、まさか亡者じゃないだろうな?」

 ザンデが訝しむと、リシェルが麻呂の顔面に小瓶の水を降りかけた。

「冷たいでおじゃる」

「聖水です。亡者ならばこれで浄化されますが……」

 三人が凝視するが、麻呂は何とも無かった。

「麻呂!」

 ライナが再び抱き締めて来た。その力強さに体の骨が軋みをあげた。

「ライナ、落ち着け、麻呂を圧死させるつもりかよ」

 ザンデが呆れたように言うと、ライナはすぐに身体を離した。

「ごめんごめん。でもアタシ嬉しくて」

「ありとうでおじゃる」

 麻呂は微笑みつつ、目の前にある魔界への扉を見詰めていた。

 暗黒が渦巻き、雷光が走っている。

「でも今はやるべきことをするでおじゃるよ」

 麻呂が言うと円卓の騎士達は頷いた。

 ライナが集落で長老に渡された護符を魔界への扉に差し出すと、それは空間なのにも関わらず貼り付いた。

 一同が驚く中、ライナは、護符を貼り付けてゆき聖なる五芒星を描いた。

 すると魔界への扉が徐々に小さくなり、そこには土壁に貼られた五芒星の形をした護符だけが残った。

「これで良し」

 ライナが頷きつつ言った。

「いや、まだだ」

 ザンデが言った。

 一同が首を傾げるとザンデはディアブロの胴体へ炎の魔術を放ち、同じく首にも炎を放った。

「念には念をだ。こいつが灰になるのを見届けてから帰るとしようぜ。そう時間はかからない」

 そうしてザンデはよろめいた。それをリシェルが素早く支える。

「結局俺はあんまり役に立たなかったな」

 ザンデが言うとリシェルは頭を振った。

「そんなことありません。ザンデ様の魔術が無かったら、私達はディアブロをこうも容易く斃すことなどできなかったでしょう」

「そうでおじゃる。ザンデの魔術のおかげでディアブロと同等以上の戦いをすることができたでおじゃるよ」

 麻呂も忌憚なく思ったことを言った。

「なら良いがな。気絶させてまで俺を送り出したグシオンの奴に合わせる顔があるかどうか悩んでいたところだ」

 ザンデが言うと、麻呂は彼の事を思い出した。ライナとリシェルも同様だったようだ。

「急ごうでおじゃる」

 魔人の身体と頭が燃え尽き崩れたことを確認して麻呂が言った。

 するとライナが麻呂の前に屈み込んだ。

「何でおじゃるか?」

「おんぶしてあげる」

「麻呂ならもう大丈夫でおじゃるよ」

 麻呂が言うとライナは頭を振った。

「駄目だよ、病み上がりみたいなもんでしょう。体力が回復してなくて貧血でぶっ倒れてそれで御臨終ですとかなったらアタシ絶対嫌だもん」

 するとザンデが麻呂の肩に手を置き頷いた。

「それでは、重いかもしれないでおじゃるがお願いするでおじゃるよ」

「ばっちこい!」

 ライナが嬉しそうに言う。

 そして麻呂はライナの背にしがみ付いた。ライナがゆっくりと立ち上がる。

 ライナの背は広かった。ライナの分の頭陀袋をリシェルが担ぐ。ザンデはこちらこそ危なげなくふらふらになりながら先に歩みを進めていた。

 通路を帰ってゆくと、やがて壁に背を預け座り込んでいるグシオンの姿を見付けた。

「グシオン!」

 麻呂が声を掛けると相手は顔をこちらに向けた。

「終わったようだな」

 グシオンはそう言った。目の前の部屋一帯は土くれの山だらけだった。一人で壮絶な戦いを繰り広げていたことが手に取る様に伝わって来た。

「歩けるのか?」

 ザンデが尋ねるとグシオンは立ち上がった。

「ああ。お前はふらふらのようだが、俺の期待に応えてくれたようだな」

「まぁな」

 ザンデが応じた。するとグシオンはライナに背負われている麻呂に顔を向けた。

「怪我でもしたのか?」

「ま、まぁ、そんなところでおじゃる」

「何にせよ生きているのならば良かった。……麻呂、忘れていないだろうな?」

 突然言われ、麻呂は何のことか思い出した。

「麻呂の名前でおじゃるな?」

「そうだ。ディアブロを討ったら聴かせてもらう約束だったはずだ」

「おじゃる。邪魔が入らなければ良いでおじゃるが」

 そうして麻呂は言った。

「改めましてでおじゃる。麻呂の名は、芳乃弾正忠幾雄と申すでおじゃる」

「ヨシノダンジョウノチュウイクオ?」

 ライナが首を傾げて言う。そして彼女は尋ねてきた。

「どの辺りが名前なの?」

「幾雄でおじゃる」

 幾雄は照れつつ微笑んだ。

「じゃあ、これから麻呂じゃなくて幾雄ね。幾雄!」

 ライナが呼ぶ。

「幾雄」

 グシオンが続く。

「幾雄」

「幾雄さん」

 ザンデとリシェルも名前を呼んだが、幾雄以外の四人はそのまま疑念を抱くように顔を見合わせた。

「何か落ち着かないわね」

 ライナの主張に残る三人は最もだと揃って頷いた。

「やっぱり今まで通り麻呂って呼ぶことにするわ」

 ライナが言った。

「そうだな、それでいい。幾雄はあくまで本名で俺達の中での愛称は麻呂だ」

 ザンデが頷く。

「じゃあ、改めて。麻呂!」

 ライナが呼ぶ。

「麻呂」

 グシオンが続く。

「麻呂」

「麻呂さん」

 ザンデとリシェルも続いた。

 幾雄もこそばゆく感じてたので応じた。

「それで良いと思うでおじゃる」

 そうして円卓の騎士達は改めて帰途に着いたのであった。

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