第五十二話 「最後の戦い(二)」
「円卓の騎士共、やりおるわ」
ディアブロはそう言いながら不敵な笑みを浮かべる。
麻呂、ライナ、リシェルはそれぞれ身構えた。
次の瞬間魔人は三人の上空にいた。
膂力ある一撃を三人の円卓騎士は避け、追撃する刃をリシェルが弾き返し、剣を繰り出す。ディアブロの身体を剣が貫いた。
リシェルは引き抜くと青い血の付いた刃でディアブロの首を狙ったが、槍で受け止められ、顔を蹴られてよろめいた。
その懐には既にディアブロの姿があり凶刃が迫っていた。
「リシェル!」
ライナが叫ぶと共に、リシェルの周囲を光りの壁が覆いディアブロの一撃は壁によって阻まれた。
麻呂が見ると呼吸を荒げながらザンデがこちらに手を向けていた。
光りの壁の亀裂が入るや、リシェルは壁を抜け出し後退し、息を整え始めた。
ライナが声を上げ、剣を振り上げながら魔人に向かって行く。
その振り下ろされた一撃はディアブロの短槍を折り曲げた。
ライナは次々打ち込んで行く。ディアブロは新たな槍を召喚しては折れ、槍を召喚しては折られの繰り返しだった。ライナが優勢だ。ザンデの強化の魔術のおかげで彼女の膂力はディアブロを凌ぐほどになったのだ。
突如、ディアブロは影を残して後退した。その横合いから麻呂が居合を放つ。ディアブロは体勢を保ちつつ槍で受け止めた。
と、ライナが追いつき、剣を振り下ろす。
ディアブロは避ける。だが、ライナの速さもザンデの魔術で強化されていた。
俊敏となった重戦士は追い縋りつつ気合の一撃を薙ぎ払った。
その一撃はディアブロを真っ二つにしたかのように見えたが、届かなかった。しかし、深手を与えることはできていた。
血が飛散し、ディアブロの腸が真一文字の傷口から垂れ下がっている。ディアブロは幾度か腸を押し込もうとしたが無駄だった。
「勝負が見えて来たわね」
ライナが言うと、ディアブロはしばし黙し、不敵な笑みを浮かべた。
「確かにそうだな。お前達、青臭い円卓の騎士達で、俺をここまで追い詰めることができるとは正直思わなかった。本来なら全員串刺しのはずだったのだがな。どこで予定が狂ったのか」
ディアブロはゆっくりと動き出す。
と、ザンデが叫んだ。
「異界の扉へ逃げる気だ!」
言いながらザンデの手から高速の稲妻が飛んだが、ディアブロはそこにはいなかった。
ディアブロは駆けている。
ザンデの言う通り魔界の扉へ逃げようとしている。
麻呂は駆けながら思い出す。前回の時もディアブロは魔界へ逃れて、傷を癒し、こうして再び現れたことを。そうはさせてはならない! ここで全てに決着をつけるのだ!
ザンデの稲妻がディアブロを捕えた。
「ぐっ!?」
ディアブロの足が止まる。
「逃がしては駄目でおじゃる!」
麻呂が声を上げる。追い付いたリシェルの一撃が振るわれたがディアブロは短槍で受け止め弾き、足払いを掛けた。倒れたリシェルに止めをくれようとしたところを、麻呂が飛び込み一撃を放つ。ディアブロはよろめきながら避けると、魔界の扉へ一直線に駆け出した。ザンデの魔術の氷の矢がその身体を貫いてもディアブロは止まらなかった。
ライナに続きながら麻呂も後を追う。
その時、不意にディアブロが立ち止まり槍先を向け声を上げた。
「穿て!」
高速で伸びる槍がライナに肉薄した。
麻呂は感じるがままにライナを脇へ押した。
衝撃を感じた。
見れば自分の左胸を槍が貫いている。
熱い痛みが、激しい奔流となって麻呂を蝕み始めた。
「麻呂!」
ライナが驚きに目を丸くし声を上げた。
その声が痛みに屈しそうな麻呂の最後の闘志に火を点けた。
「切り札は最後まで取って置くべきものだ。ようやく一人やれたわ」
ディアブロが笑う。
だが、麻呂は槍に突き刺されながら駆けた。闘志が燃え上がるままに駆けた。
「阿保面、貴様っ!?」
「おじゃる!」
瞠目する魔人の首目掛けて全身全霊の居合斬りを放った。
刃は鞘の中を滑り空を駆けてディアブロの首を分断した。
その首が転がって行き、頭を失った胴体からは青い血が噴き出る。胴体はよろめいてその場に倒れた。
麻呂の身体を貫いていた槍が消え失せ、麻呂もまたその場に前のめりに倒れた。
己の血が大地に染み渡ってゆき、その中で麻呂は苦しみ呻いていた。
「麻呂! しっかりして!」
強い力で身体を仰向けにさせられる。
ライナの顔が一瞬見えたが、すぐに何も見えなくなった。激痛も感じなくなっていた。全身の力が抜け、ただただ穏やかな心地良い気分になっていた。
ライナの顔が、リンの顔が、レイチェル、ザンデ、リシェル、グシオンの顔が頭の中を目まぐるしく駆け巡っていた。
次第にそれらはライナの顔だけとなった。微笑むライナ。酒を呷り満足げに笑うライナ。怒髪天のライナ。悩みに顔を歪めるライナ。自分の手を引き力強く笑うライナ。無性にライナの声が聴きたくなった。
しかし、力が、もう力が入らなかった。そのまま抗う術もなく安らかなる死の淵へ引きずり込まれてゆくのを感じた。
二
いつからそうだったのかは分からなかったが、気付けば麻呂は、ライナとリシェル、そしてザンデの集っている姿を見下ろしていた。
ライナが泣きじゃくり、麻呂の身体を揺すっているのを、麻呂は傍から見詰めていた。
これはどうしたことだろう。
己の両手の感覚はあるが見えなかった。脚も身体の感覚も確かにあるのだが見えなかった。
麻呂は血の海に横たわるもう一人の麻呂の姿を見詰め、全てを察し諦めた。
死んだのだ。
「ライナ、残念だが、麻呂は死んでしまった」
ザンデがそう言うとライナは麻呂の遺骸を抱き締めて声を上げて泣いていた。
これで良かったのでおじゃる。皆、無事で魔人も討ち果たせた。エルへ島に平和が戻り、リンも安心してすくすく育ってゆくでおじゃる。
ライナが自分自身を責めている声が聴こえる。
それは違うでおじゃるよ。麻呂は今、全てに満足しているでおじゃる。
身体がゆっくりと浮き上がるのを麻呂は感じた。仲間達が、ライナが、徐々に遠くなってゆく。
行くべきところへ行こうとしているのだ。
さらばでおじゃるライナ。願わくばもう一度お主の笑った顔が見たかったでおじゃるよ。
その時だった。ライナの抱き締めている麻呂の遺骸の首元から、突如として眩い七色の光りが放たれた。
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