第五十一話 「最後の戦い(一)」

 麻呂達は走った。通路の灯りが先々で点って行く。

 目を覚ましたザンデも、もはやこうなっては文句も言うこともできず、無言で傍らを駆けている。

 そうしてどれほど走っただろうか。一行は再び広い空間に飛び出していた。

 慌てて足を止める円卓の騎士達の頭上で天井一面の宝玉の灯りが点った。

 だが、麻呂達はそんなことよりも別の事に釘付けになっていた。

 向こう側の壁の一部が裂けていて闇と稲妻による世界が蠢いていたのだ。その大きさは人三人分ぐらいだろうか。

「魔界の穴を開けるのは並大抵のことではない」

 声がし右を向くと魔人ディアブロが立っていた。

「俺程度では異界侵略に復帰してから今まででこの程度しか開けなかった」

「ディアブロ!」

 ザンデが叫ぶ。

「魔界は日々群雄割拠の時代を迎えている。弱肉強食の世界だ。弱ければ、地を奪われ、新たな安住の地を探し求めねばならん。強くてもまた、同じく支配する地を貪欲に求めゆくものだ。俺は魔界では弱小だ。だからこそ、この異界への侵略を開始した。ブランシュ、ドリュウガ、奴ら以外にも様々な者達が俺に忠誠を尽くし死んでいった。俺は止まるわけにはいかん。ひとまずこのエルへ島を我が安住の地として、戦いに脅かされる我が民を迎え入れるつもりだ」

「そのためにエルへ島の人々を殺すの?」

 ライナが強い口調で尋ねる。

「そうだ。ここを、この世界を第二の魔界とするために相容れぬ者共には容赦無く死んでもらう。無論、支配者はこの俺だ」

「アンタにも理由があるみたいだけど、そうはさせないわよ。破壊と殺戮と混沌と恐怖、そんなものをアタシ達の世界に持ち込みさせやしない! アタシ達、円卓の騎士団がアンタの野望を阻止してみせるわ!」

 ライナがキルケーを構えた。麻呂も居合を、ザンデとリシェルも剣を抜いた。

 ディアブロは短槍を手に提げゆっくりこちらに歩んで来る。

「ザンデ、リシェル、気を付けるでおじゃる。あの槍は自由自在に伸縮するでおじゃるよ」

 麻呂が注意を促すと二人の剣士は頷いた。

「初めから交渉の余地などお互いに無いことは分かっている。ならば、抗う者共の生命を貫き崩すのみ。行くぞ、円卓の騎士団!」

 ディアブロが駆けて来た。

「ユースアルク!」

 リシェルが剣を振るい、正確に炎を飛ばすが、ディアブロは駆けながら全てを紙一重でかわし、大きく跳躍してきた。

 ライナが剣を受ける。

 そのまま二人は打ち合いに入った。

 だが、ディアブロが押し、ライナの方はジリジリ後退している。

「この力、前みたいな分身じゃなくて、正真正銘のアンタってことね」

「その通りだ」

 ディアブロの一刀を受けてライナが弾き飛ばされる。

 すかさず麻呂が飛び込み居合で斬り付けるがディアブロは槍で受け止めた。

「軽いな、阿保面」

 刀と槍とで競り合っていたが、ディアブロの力を前に麻呂は踏み止まれなかった。

「麻呂退け!」

「麻呂さん、交代です!」

 左右からザンデとリシェルが斬りかかって来たが、二つの刃は空を斬っていた。ディアブロは上にいた。

「焼け死ね」

 ディアブロが短槍を投げつけた。

 槍は地面に突き刺さった。直後、紅蓮の炎が燃え広がり、意思を持ったかのようにこちらへあっと言う間に侵略し、包み込んできた。

 しかし、麻呂達は魔術の壁によって守られていた。

 ザンデが腕を掲げている。

「みんな!」

 ライナの声が炎の向こう側から聴こえる。

「麻呂達なら心配無用でおじゃる!」

 麻呂が応じるとザンデが言った。

「いや、この炎消える気配が無い」

 炎は渦巻き魔術の壁の壁面に沿って動いている。

「そうだ。ちょっとやそっとでは消えることの無い魔界の炎だ。お前達など眼中に無い。俺にとって唯一脅威になるであろうは、その女の剣と馬鹿力だけだ」

 ディアブロの声がどこからか聴こえ、鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音が聴こえて来た。

「ライナさんが!」

「分かってる!」

 リシェルが言うとザンデが応じた。

「俺達が眼中に無いだと、その言葉後悔させてやるぞ!」

 ザンデが剣を掲げた。

「うおおおおっ!」

 すると魔術の壁面の向こう側を渦巻く炎から白い煙が立ち上る。

「俺の得意な氷の魔術だ。こいつで相殺してやる!」

 ザンデが更に声を上げると、炎は弱まり、ほぼ鎮火した。

「ライナ、戻って来い!」

 ザンデがすかさず呼ぶが、ディアブロの槍を前にライナはなかなか切り抜けることができなかった。

「だったら、麻呂、リシェル! まずは、お前達の潜在能力を引き出してやる!」

 ザンデが二人の肩に触れるや、麻呂は全身が軽くなり、みるみる力が湧いてくることに気付いた。

 ザンデは呼吸を荒げていた。

「ちいっ、魔術の鍛錬もしておくべきだったな」

「麻呂さん、私達でライナさんを助け出しましょう!」

 リシェルが駆けながら言う。

「応、でおじゃる!」

 壁際に追い込まれ、苦しい立場のライナの姿が見えるや、麻呂の脚は早まった。魔術の力だ。

 リシェルが跳躍し大上段に剣を振り下ろす。ディアブロは振り返ってそれを受け止めた。

「ライナ、ザンデの元へ急ぐでおじゃる! ここは麻呂達に任せるでおじゃる!」

「うん!」

 ライナはすかさずザンデの方へ駆けて行った。

 リシェルとディアブロは互角に打ち合っていた。そこへ背後から麻呂が一撃を放った時、ディアブロの手にもう一本の短槍が現れ受け止められた。

 ディアブロは、リシェルと麻呂を前後に相手にしながら戦っていた。

 だが、敵は防戦一方だった。麻呂は自在に居合を放ち、ディアブロの手数を増やし注意をこちらに逸らそうと試みた。

 その甲斐あってリシェルの一撃がディアブロの左腕を斬り落とした。

 ディアブロは苦悶の声も上げず、短槍を振るい両者との間合いを取ると、失った腕を見ながら笑みを浮かべていた。

「やるな」

 相手はそう言うと、槍を捨て炎を自らの手に宿らせた。その炎を腕の傷口に押し当てた。

 煙が上がり、焦げたにおいがした。傷口を焼いて止血したのだ。

 麻呂とリシェルが油断なく構えていると、ディアブロは手を掲げ新たな短槍を召喚する。そして麻呂に襲い掛かった。

 ディアブロの一撃は片腕でも十分に重いものだった。

 リシェルが後ろから斬りかかろうとしたとき、ディアブロは背後に跳躍し、リシェルの背に回った。

「しまった!」

 リシェルの声と共に槍が振り下ろされようとしたが、その腕を掴む者があった。

「遅くなったわね」

 ライナがディアブロの腕を掴み、身体を入れるや一本背負いにした。

 地面に倒れるディアブロにライナはすかさず、剣で突き刺すべく追撃を加えたがディアブロは身体を巧みに回転させてそれを避ける。

 麻呂が居合を放つがそれを槍で受け流し、残像のある素早い動作で、三人と間合いを取った。

 円卓の騎士三人と、ディアブロは再び睨み合ったのだった。

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