第五十話 「魔人の迷宮(三)」

 麻呂は円卓の騎士団に無理はさせなかった。

 適度に歩き休憩を取り、疲労と共に薄れゆく英気を養った。

 この道も半日ほどかかるのだろうと、判断したためだ。

 再び腰を上げ、一行は歩き始めた。

 すると広い場所に出たのだった。

 向こう側も両側も壁がかなり離れていた。まるでドラゴンでも飼っているかのように天井も今まで以上に高かったが、照明代わりの灯りの宝玉が隙間なく壁にも天井にもいっぱい埋め込まれ、一際眩い空間となっていた。

 ずっと先に暗い一本道が見える。

「どうやら正解のルートだったようだな」

 ザンデが言うとライナが得意げに応じた。

「見たか、これが女の感よ! ねぇ、リシェル!」

「そうですね、ライナさん」

 女性二人は微笑み合っていた。

 その様子を見て平素からの仏頂面のグシオンが僅かに笑みを見せた。

「どうしたでおじゃるか、グシオン?」

 麻呂が尋ねると、グシオンは笑みを浮かべたまま言った。

「お前達が羨ましいなと思ったのだ」

「羨ましい、で、おじゃるか?」

「ああ。愛する者同士が側にいることがだ」

「ザンデとリシェルのことでおじゃるか?」

「フッ。麻呂、お前もそうなのだろう? まだお互い自分の本当の気持ちには気付いてはいないが、色々と兆候を見ることも聴くこともできた。彼女と上手くいくことを願っているぞ」

「おじゃる!?」

 麻呂が驚くとグシオンはもう笑みを引っ込めて、歩き始めていた。

 するとグシオンが振り返った。

「そういえば、麻呂。お前の本当の名前は何と言うのだ?」

 周囲からも視線を感じる。今まで名乗ろうとすると邪魔が入った。だが、麻呂は思った。もう麻呂と呼ばれていることに馴染み、むしろこのあだ名に愛着が出ている。今はまだ麻呂のままでいたい。せめてこの戦いが終わるまでは。

「ディアブロを斃したら教えることにするでおじゃるよ」

 麻呂が微笑んで応じると、グシオンも僅かに笑った。

 その時だった。

 突如、グシオンの周囲の大地が盛り上がり、人型が現れた。

「ヌヴォー」

 ゴーレムの声だった。

 だが、グシオンは斧槍を旋回させ、それらを討ち取った。

 しかし、その頃には地面という地面から手が伸び、頭が見え、足を引き抜く、土くれのゴーレム達の姿が周囲を支配した。

「こいつらを斃さなきゃ安心して先に進めないって訳ね」

 ライナが言い、彼女と麻呂と残る円卓の騎士達は、手近のゴーレム目掛けて戦いを挑んだ。

 木と石のゴーレムのように武器は無く、太い両腕を振るうだけかと思ったが、よくよく見れば裂けた口があり牙が生え揃っていた。そんなゴーレム達が次々に地面から現れる。

「散り散りになっては駄目でおじゃる! 円陣を組むでおじゃるよ!」

 麻呂が呼び掛けると円卓の騎士達は素早く集った。

 そして周囲を囲むゴーレム達を次々斬り裂いていった。

 ここで驚くべき事態に遭遇した。斬り裂かれ、打ち砕かれ、地に伏したゴーレム達は新たに土くれを身に纏い復活し、立ち上がり襲い掛かってきたのだった。

「ちいっ! 地面がある限りこいつら無限に復活するぞ!」

 ザンデが舌打ちしながら言った。

「後ろが心配になるけど、こいつらを無視して先に進んでみる?」

 ライナが提案した。

 麻呂は悩んだ。決断を迫られている。

「ライナの意見を取るでおじゃるよ。無限に湧いてくる奴の相手をしたところで、ただ疲労するだけでおじゃる。こんなところで倒れてしまっては元も子も無いでおじゃる。ディアブロさえ斃せば、この異常も収まるはずでおじゃる」

「だったら」

 ライナが隣の麻呂に横目を向ける。麻呂は頷いた。

「陣形を変えるでおじゃる。次の道まで一点集中突破でおじゃる」

 麻呂はそう言うと責任を感じ、先陣を切ってゴーレム達を斬り裂いて壁を崩し、駆け出す。ライナとリシェル、その左右にはグシオン、ザンデがついていた。

 立ちはだかるゴーレム達を円卓の騎士達は討滅し、復活するのも待たずにただただ次の通路へと急いだ。

 背後からはあのゾンビの合唱の様な連中の輪唱が聴こえてくる。

 麻呂は後ろを振り返り、そして驚いた。

 ゴーレム達は駆けていたのだ。

 無数の土くれのゴーレム達が次々合流し、雪崩のようにこちらに迫ってきている。

 麻呂は己の策の失敗を悟った。思い返せば、最近出会った石と木のゴーレム達も走ることができていた。

「立ち止まるな! 当初の予定通りひたすら駆けろ!」

 グシオンの叱咤が皆の驚愕を吹き飛ばした。

 前方に立ち塞がるゴーレム達を、まるで血路を開くかのように、円卓の騎士達は、斬って斬って斬りまくり、道を広げてゆく。その間にも背後からは蘇ったゴーレム達の薄気味悪い声が響いている。

 通路に辿り着き、飛び込むと、先の方に灯りが点った。

 一同はそこで自分達が突破してきた部屋を振り返った。

 津波の如く不死身のゴーレム達が押し寄せてきている。

「兄貴、魔法でどうにかならないの?」

 ライナが尋ねるとザンデは歯軋りし、頭を振った。

「周囲は土壁だ。強い魔術では崩落の危険性がある。かと言って威力の低い魔術では剣を振るってる方がむしろマシだろう」

「入り口に魔法の壁を張って敵を食い止めるのは?」

 ライナが再び提案する。

「奴らがどんだけいると思ってるんだ。一匹一匹は雑魚でも、あの数で殴られればすぐに破壊される」

 ザンデが再び応じたが、前に進み出た。

「だが、そうだな。やってみる価値はある」

「ザンデ様!?」

 リシェルが驚きの声を上げる。

「俺がここに残って、魔術の壁を連発してこいつらの進撃を阻んでみせる。だからお前らは、俺が干からびて死ぬ前に、とっととディアブロを斃して来い!」

 ザンデが決死の覚悟を決め、言った時だった。

 その身体を手で制し、グシオンが進み出た。

「大切な魔術師をそんなくだらん理由で失うわけにはいかぬ」

 こちらに背を向け、グシオンが言った。

「ここに残るのは俺だ」

「馬鹿言え、こいつら無限に湧いてくるんだぞ!? お前はタフガイかもしれねぇが、それでも武器を振るってりゃ体力の限界は意外と早く来る」

 ザンデが反論する。

「そうだ。俺はタフガイだ」

 グシオンが言った。

「決して崩れん壁だ」

 そしてこちらを振り返った。

「麻呂、こんなところで魔術師を失うわけにはいくまい。俺に残れと命じろ」

 力強い眼光が麻呂の目を射抜こうとする。

 ザンデが反論を述べている。麻呂は考えた。脅威は目前だ。一瞬で採決しなければならなかった。

「グシオン、頼むでおじゃる!」

「何っ!? 麻呂、お前、こいつを見殺しにするのか!?」

 ザンデが麻呂の着物の首付近を掴んで睨み、声を上げる。

「落ち着いて兄貴。アタシらで急いでディアブロを斃せば済むだけの話なんだからさ」

「馬鹿言え、ディアブロがいる場所までどのぐらいの距離があるのか分からないんだぞ!?」

 その時、グシオンが歩み寄って来てザンデの首元に手刀を振り下ろした。

「うっ!? グシオン、お前……」

 ザンデはその場に倒れた。

「既に結論は出ているのだ。早く行け」

 グシオンが言った。

 ライナが気を失ったザンデを背負った。

 それを見届けると、斧槍を手に、向かって来る敵へとグシオンは歩んで行った。その歩みを進めながらグシオンが言った。

「案ずるな。俺は何度でも立ち上がる」

 押し寄せるゴーレム達に向かって魂の咆哮を上げてグシオンは迎え撃った。

 一薙ぎ、二薙ぎ。

「みんな、行くよ。グシオンの言う通り、あいつは根性あるから大丈夫だよ」

 ライナが言った。そして彼女はこちらの心中を察したのか、麻呂の手を握った。麻呂は自分の発言でグシオンが死んでしまったらと重い責任に苛まれていた。

「慰めの言葉は見付からないけど、アタシ達でとっととディアブロを斃すしかないわよ。だから急ごう。グシオンのためにも、ね? 麻呂?」

 彼女の手の温もりを感じる。そしてそのまま引っ張られた。リシェルが後に続く。

 ライナはザンデを背負いつつ麻呂の手を引いて走っている。何て強い女性なんだろうか。手を伝う温もりがやがて闘志となって麻呂の心を燃えあがらせた。

 悩んでいても仕方が無いでおじゃる。

「グシオン! 必ずディアブロを斃してくるでおじゃる! だからそれまでここを頼んだでおじゃるよ!」

 背後を振り返り麻呂は声を上げると、先を急いだのだった。

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