第四十九話 「魔人の迷宮(二)」

 真ん中の道を一行は選択し進み始めた。

 いよいよ魔人ディアブロとの対戦となることを誰もが予期し、沈黙と緊張感だけが漂っていた。

 歩む度に先で灯りが点る。その光りにいざなわれるようにして一行は歩んでいた。

 どれほど時が経っただろうか。

 沈黙を破ったのは、ザンデの少々乱れた呼吸だった。

 先頭を一人行くグシオンが止まり振り返る。

「ザンデ様、大丈夫ですか?」

 リシェルが尋ねるとザンデは言った。

「どれだけ歩いても着く気配が無いように思えるぜ」

「兄貴、そんな弱気な事を言ってたらディアブロには勝てないよ。アタシ達が進めば光りが点るじゃん? 確実に近づいてる証拠だよ」

 従妹のライナがたしなめる。

「でも少々疲れましたね。時間にしてもそれなりに歩いたとは思います」

 リシェルが言った。

 確かにそうだと麻呂も思った。旅と冒険のおかげで脚はすっかり鍛えられたが、その彼の脚ですら疲労を感じている。

 麻呂は決意し告げた。

「ここで休息をとることにしようでおじゃる」

 円卓の騎士のリーダーとして麻呂が言うとザンデが反論した。

「麻呂、俺のためにそう思ってるなら、大丈夫だぜ。まだまだ行ける」

 しかし麻呂は頭を振った。

「正直、麻呂も脚が大分疲労してきたでおじゃる。いざディアブロとの決戦にそんな状態で臨みたくは無いでおじゃるよ」

 その言葉に異論のある者はいなかった。

「麻呂が言うなら文句無いわよ」

 ライナはそう言うといち早く地べたに尻を着いた。全員がそれに倣う。

「アタシの腹具合だと外はもう夜ね」

 ライナが再び口を開く。

「迷宮の真ん中だが、少し寝ておいた方が良さそうだな。見張りは俺がやる」

 グシオンが言った。

 一行は食事にし、干し肉、干した果物、ビスケットのようなパンを腹に収めた。

「グシオン、本当に良いのでおじゃるか?」

 麻呂が問うと端麗な顔をいつも通りの仏頂面にしてグシオンは応じた。

「寝ておけ。俺の心配なら無用だ」

 麻呂は相手の厚意を受け取り、地べたに横になった。

 隣でライナが寝息を立てている。その可愛らしい寝顔に麻呂は釘付けになった後、正気を取り戻して仰向けになった。天井は高いようで光りの帯も及ばなかった。

 周囲から他の寝息が聴こえてきて麻呂も眠ることにしたのであった。



 二



 疲労は和らいだ。

 一行が再び意気を取り戻して歩いて行くと、また三つに分かれた道が姿を現した。

「またか。だが、進んでる証拠だろうな」

 ザンデが言った。

 するとリシェルが駆け出し、真ん中の道を覗き込んだ。

 暗い通路に灯りが点る。

 すると彼女は信じられないことを口にした。

「違います、ここは以前に来た道に間違いありません!」

「何だって!? リシェル、どういうことだ?」

 ザンデが行くと、リシェルは土壁を指し示した。

「これは、十文字の傷だな。最近つけられたように見えるが……」

「その通りです。ザンデ様。みなさん。実は私は念のためにここを通る際に印を付けておいたのです」

 麻呂とライナは駆け出した。

 確かに土壁に大胆不敵な様相をした十文字がこれでもかと主張し記されていた。

「実は、私の父が、かつてのヴァンパイアの城、今ではヴァンピーアと言われてますが、そこでの攻略の際、永遠に彷徨う無限回廊のことを話してくれたのです。それを思い出して、念ために目印の傷をつけておきましたが、間違いなく私がつけた傷痕そのものです」

 リシェルが訴えた。

「じゃあ、アタシ達、戻って来たわけ?」

 ライナが尋ねる。

「そのようだな」

 グシオンが言った。

「ディアブロのヤツ、小細工なんか使わないって思ったのに、やってくれたわね」

 ライナが怒り心頭気味に言うとザンデが言った。

「敵に期待する方がどうかしてる。俺とリシェルとグシオンは、後から来たからな、ディアブロの一面を目にしたと言えば、ドリュウガの首を引き取りに来たことぐらいだ。まぁ、多少その意外性に胸を打つものはあったが、それだけだ」

 麻呂も集落の長老が言ったことを思い出した。ディアブロは残虐だと。魔人ブランシュの遺体を回収し、同じくドリュウガの首も引き取りに来た。首領自ら赴いたというところに妙な情を植え付けられてしまっていたようだ。

「非情になれ、相手は敵だ。俺達は奴を殺しに来たんだ。麻呂、ライナ、そいつを絶対忘れるなよ」

 ザンデがいつになく強い口調で言い、麻呂とライナは頷いたのだった。

 真ん中の道の灯りはリシェルが踏み込んだ分以外は消えていた。

 次は右か、左か。麻呂が話し合いを求めようとしたときにライナが再び松明を地面に立てた。

 すると、松明は倒れ真ん中を示したのであった。

 誰もが呆れた。ライナも真ん中を行こうとは言わなかった。

「右か、左か、とりあえずいずれかに進むでおじゃるよ」

「右!」

 ライナが即座に声を上げた。

「根拠はあるのか?」

 ザンデが尋ねる。

「根拠なんて無いよ。女の感だよ」

 ライナはきっぱり言い切った。

 ザンデが何か言おうとしたとき、リシェルが恐る恐る声に出した。

「私も右だと思います。……ライナさんと一緒です。女の感です。異論は認めます」

 だが、麻呂も当てが無くどちらに進めば良いのか分かるわけがなかった。

 リシェルが右側の通路の入り口付近の壁に剣で十文字を刻む。

 グシオンが再び先頭に立ち、一同は新たな道を進んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る