第四十八話 「魔人の迷宮(一)」

 木に刻まれた印が無くなった。

 続いて現れたのは洞穴だった。入り口は人二人が並んで入れるほどの広さだった。

「ここがディアブロのいる迷宮なのかな?」

 ライナが誰にともなく尋ねた。

「木の印はここで途絶えている。間違いは無いだろう」

 グシオンが応じた。そして大胆にも彼は未知の領域へ足を踏み入れた。

「地下へ階段が続いているようだ」

 そうして麻呂を振り返る。他の面々も麻呂の言葉を待っているようだった。

「グシオンの言う通り、印がここまで導いてきたのなら、こここそが魔人の迷宮に間違い無いでおじゃる。皆、何が待ち構えているか分からないでおじゃるが、覚悟は良いでおじゃるか?」

 麻呂が円卓の騎士達を見渡すと、彼らは頷いた。

「では松明に火を――」

 と、麻呂が言った時だった。グシオンがもう一歩迷宮へ足を踏み入れると、突如灯りが順々に迷宮の先を照らし出した。

 一同が驚いていると、グシオンが言った。

「蝋燭では無いな。土壁に宝玉が埋め込まれている。それが灯りとなっているのだ」

 グシオンが豪胆に更に歩みを続けると、真っ暗だった先の方も灯りが点り始めた。

「私達に反応しているということでしょうか?」

 リシェルが言った。

「あるいはディアブロの仕業か」

 グシオンが言う。

「ともかくここがディアブロの巣で間違いは無いようだな」

 ザンデが言った。

 誰もが緊張しているかのように見えた。麻呂が筆頭として鼓舞すべきだったが、グシオンが先に口を開いた。

「乗り込むぞ。麻呂、隊列の先頭は俺が引き受ける」

 先頭は重装備のライナかグシオンかと思っていたが、グシオンが自ら名乗り出てくれることはありがたかった。

 そして列の順番は、グシオン、麻呂、ザンデ、リシェル、ライナとなった。

「ライナ、しんがりは任せるでおじゃるよ」

「オッケー」

 麻呂が言うと、ライナは陽気に応じた。

 そして円卓の騎士達は地下へ続く階段を歩み始める。

 だが、言葉とは裏腹に麻呂は気が気では無かった。ライナのことだ。もしも人知れず何者かの魔手が伸びてきて捕まってしまったら。そしてそれに気付けず自分達が歩みを進めてしまったら。グシオンの背を見つつそんなことばかり考えていた。

「麻呂、ライナならちゃんと着いて来ているぞ」

 見透かしたようにザンデが言った。

「それなら良かったでおじゃる」

 麻呂は素直に吐露した。

「何? アタシ心配されてるの?」

 ライナの声が背中から聴こえる。

「麻呂、アタシとどれぐらい旅してるのよ。アタシが不意打ちなんか喰らうまぬけに見えた?」

「ライナさん、麻呂さんはライナさんのことを信じてはいますけど、それでも心配なんですよ。ここは敵地です。何か罠があるかもしれません。私だって目の前を歩いているザンデ様が急に見えなくなったらと思うと……」

「リシェル……」

 ザンデが感動したように声を震わせて愛しい妻の名を呼んだ。

「ザンデ様……」

 後ろで二人が突如として良い雰囲気になったので、麻呂もおかげで興が削がれた気分になった。何を心配したのだろう。あの無双のライナに何も心配する必要は無い。全幅の信頼を置かない方がむしろ不誠実だ。自分がこれまで見て来たライナを一心に信じるのみだ。麻呂はそう気持ちを改めた。

 ライナが言った。

「ディアブロは斃さなきゃならない敵だけど、罠は張ってこないと思うよ」

 確かにディアブロは今まで刺客こそ差し向けて来たものの卑怯な手は使わなかった。そして二人の刺客、ブランシュとドリュウガの亡骸をその手に収めて去って行ったのだ。敵とはいえ、そこまでする人物が姑息な手段など使うはずがない。麻呂はそう思った。

「麻呂もライナの意見に賛成でおじゃる」



 二



 歩む度に遠くに明かりが灯り続ける。

 そして迷宮はここで縦にも横にも広くなった。

 ふと、ライナが麻呂の隣に歩んで来た。

「手、握ってあげようか?」

 照明の光が彼女の微笑む顔を映し出す。

 すると麻呂が答える間に、ライナの広い手が麻呂の手を握り締めたのだった。

「おじゃる!?」

「後ろ見てごらんよ」

 ライナが小声で言うと、ザンデとリシェルが同じく手を握り合っていた。

「アタシ達がしんがりになろう?」

「分かったでおじゃる」

 ライナの手の温もりを感じながら、二人は最後尾に回った。

 前方のグシオン、中列のザンデとリシェル。仲間達の背が見えることに麻呂は安堵した。

 そのまま進んで行くと、前方に隣り合った三本の分かれ道が見えた。

 一同は立ち止まった。

「三つともディアブロの元へ続いているわけはねぇよな」

 ザンデが言った。

「真ん中を行くのが王道よね」

 ライナが応じる。

 一行はそこで少し立ち往生した。

 グシオンが全ての道へ一歩踏み出すと、これまで通り、どの道にも灯りが点ったのだった。

 これでますます分からなくなった。

 困っていると、突然ライナが含み笑いを漏らした。

 麻呂も円卓の騎士達も彼女を見る。

 ライナは火の点っていない松明を手にし、地面に縦に置いた。

 あ。と、麻呂は思った。

「こういう時こそ、棒占いだよ」

 一同は呆れた視線を彼女に向けていた。

「ライナ、そんなもん、当てにならねぇよ」

 ザンデが言うとライナは得意げに言い返した。

「兄貴が持ってる剣だって、アタシの棒占いの結果で手に入れることになったんだよ。ねぇ、麻呂?」

「そ、それはそうでおじゃるが……」

 棒が倒れた。指し示したのは真ん中の道だった。

「やっぱり王道、真ん中よね。みんな、行くよ」

 元気な笑顔でライナが一同を見回す。

「このまま立ち止まっていても先には進めん。当てがないよりはマシなのかもしれん」

 グシオンが言った。

「そうだよ、そうだよ。さぁ、行こう!」

 ライナが促すと、グシオン、手を繋いだザンデとリシェルが行き、同じく手を繋いだ麻呂とライナが最後尾となって後に続いた。

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