第四十七話 「告白」

 野生のゴーレムどもを叩き切り、麻呂達は木々に刻まれた印の後を進んだ。

 集落を出てから、いや、エルヘ円卓の騎士の神殿を出てから、どのぐらい時が経っただろうか。このエルへ島は想像以上に広いことが今になって分かった。

 残すは魔人ディアブロの待つ迷宮のみ。かの者を斃し、魔界の入り口に封をするのだ。

「ライナ、封印の護符は持ってるでおじゃるか?」

「ん、あるよ。大事なものだもんね」

 麻呂の問いにライナは微笑んで応じた。

 ライナは綺麗で可愛げもあるでおじゃるな。その身体に抱き締められたいでおじゃる。

 不意に相手の顔を見て麻呂はそう考えている自分に気付いた。

 彼は頭を振った。だが、考えた。ライナとずっと旅をしてきてそれがある日必ず迎えるであろう別れの時に、自分はどういった思いを抱くのだろうか。

「麻呂、どしたの?」

 ライナが笑みを残した顔で不思議そうに尋ねて来た。

「いや、何でも無いでおじゃるよ」

「本当にそうなのか?」

 そう尋ねて来たのはグシオンだった。

 兜を被った相変わらず端正な顔に冷静な表情を浮かべている。

「どういう意味でおじゃるか?」

 麻呂が尋ね返すとグシオンは言った。

「我々はディアブロという宿敵であり強敵に挑もうとしている。そこで命を落とすやもしれん。胸の内に秘めていることがあるのなら、今のうちに曝け出しておくことだ。それが窮地の時にあるいは折れない心と力の源のきっかけとなるやもしれん」

 グシオンはそう言うと麻呂達四人を見渡し、先を一人で歩んで行った。

「変なグシオン」

 ライナは目を瞬かせながら相手の背を見て言った。そして麻呂達もその後に続いた。

 続きながら、グシオンの言葉が蘇ってくる。

 麻呂はライナの事をどう思ってるのでおじゃろうか。

 自分のことなのによくわからない。霧の宿屋で混浴と聞いて思い浮かべたのはライナの姿だった。麻呂はもしかしたらライナのことを……。

 歩みは続いた。野生のゴーレムの襲撃も無く、夕暮れ近くに辿り着いたのは石でできた短い橋だった。下を小川のせせらぎが通っている。

「今日はここで休まないか?」

 最年長のザンデが息を荒げ麻呂に向かって提案してきた。

「兄貴、相変わらず体力無いね」

 ライナが笑う。

 麻呂は横目でその姿を見ると夕暮れの帳に目を移した。そして橋を見る。エルヘ円卓の騎士の神殿の外壁のように苔生し、蔦が生え出ている。それでも土の上よりはマシだ。土の上だと、いつの間にか身体に下にナメクジなどの虫が進入し、住処とするときがあるからだ。それにこの橋、ここに来て人の手が加わっている物と出会うのは、麻呂の心を安堵させる。皆もそうなのかもしれない。

 麻呂は頷いた。

「今日はこの橋で夜明かしをするでおじゃるよ」

 一同はそれぞれ賛成の顔をした。



 二



 橋の上で焚火を囲みながら、誰もが無言で、得物の刃に砥石を走らせる。麻呂はこの時間が大好きだった。それは皆の温もりと心強さを感じるためだろうと彼自身は自分の気持ちに結論付けた。

 と、薪が少なくなってきたの気付いた。

「麻呂は薪拾いに行ってくるでおじゃるよ」

 麻呂が立ち上がるとライナも腰を上げた。

「ゴーレムの襲撃があるかもしれないから、念のためにアタシも行くよ」

 ライナは優しい。麻呂はそう思った。リンと旅をした時もよく気にかけてくれた。また心がモヤモヤしてきた。

「行こう?」

 ライナが言うと麻呂は慌てて頷いた。

「何かあったら声を上げて下さいね。すぐに御助成に向かいます」

 リシェルが生真面目な顔で言い、麻呂とライナは頷いて返した。

 二人は橋を離れた。夜の森の中をなるべく近場で薪にちょうどいい枯れ枝が落ちていないかどうか、月明かりを頼りに探し始めた。

「お、これ良さそう」

 ライナが傍らで身を沈めて枝を拾い上げる。麻呂も遅れじと目を皿のようにして枝を拾い集めた。

 やがてライナが言った。

「このぐらいあれば十分でしょう」

 両手に薪を抱えている。麻呂も同様に大量に拾い集めた。

「戻るでおじゃるよ」

 二人が元来た道を引き返す。が、最後の草藪の前で麻呂は足を止めた。

 橋の上の焚火にはザンデとリシェルがいた。グシオンの姿が無い。砥石で得物の刃を磨きながら二人は取り止めの無い話を楽し気にしていた。

 ザンデはリシェルに気があるでおじゃる。

「麻呂、どうしたの?」

「静かにでおじゃる」

 麻呂は思わずそう言ってしまった。

「え? 何で?」

「何ででもでおじゃる。不本意かもしれないでおじゃるが、少しここで身を潜めているでおじゃるよ」

「分かったよ。兄貴とリシェルしかいないね。グシオンはどこに行ったんだろう」

 麻呂の隣に並びながらライナが茂みから様子を窺ってそう言った。

 夜鷹も鳴かない森の中で、ザンデとリシェルの話し声は鮮明に聴き取れている。

「兄貴ってあんなに冗談飛ばすんだ。アタシん時とちょっと違うなぁ」

 ライナが呟いた。

 すると麻呂は続いて目に映り込んだものに驚愕した。

 橋の反対側からグシオンが歩んで来ている。

 つまりザンデとリシェルの良い雰囲気が終わりを告げようとしている。

 グシオン、引き返すでおじゃるよ!

 と、麻呂は祈ったが、それも虚しくグシオンは辿り着いてしまった。

 ザンデとリシェルが会話を止める。

 無念でおじゃるがこれも仕方の無いことでおじゃるな。

 麻呂も立ち上がり茂みから出ようとした時だった。

 橋の上の上で座り込むザンデとリシェルを見下ろしながらグシオンが言った。

「汝ザンデ・クライムよ。リシェル・ルガーを妻とし、健やかなるときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、これを愛し、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」

 その言葉にザンデが立ち上がった。

「お、お前いきなり何言ってんだ?」

「誓うのか、誓わないのか?」

 グシオンが静かに問う。

「お前、俺をからかってるわけじゃないだろうな?」

 ザンデが剣に手を掛ける。

「愛していないのか? リシェルを?」

 グシオンが再び尋ねた。

 するとリシェルが素早く立ち上がり、思いを込めるようにして言った。

「愛してます!」

 麻呂とライナは顔を見合わせた。

「そういうことだったんだ」

 ライナが声を潜めて言い麻呂は頷いた。

「私はザンデ様を心から愛しています! 病めるときにも、悲しみの時にも、貧しい時だって、私はザンデ様を愛し続けることを誓います!」

 リシェルが言うとグシオンはザンデを見た。

「こ、こういうのには順序があるだろうが。まだリシェルの親にだって挨拶してないんだ」

 ザンデがしどろもどろになにながら言うとリシェルが強い口調で訴えた。

「両親には私が認めさせます! 必ず!」

「うっ」

 ザンデが困った様に呻いた。

「兄貴何やってんの、リシェルがあんなに頑張ってるのに」

 ライナが苛立つように呟いた。

 するとザンデが腕組みし、その腕をほどいた。そしてグシオンに向かって言った。

「神父、俺は誓う! 俺が必ずリシェルを幸せにしてみせると誓う! 俺はリシェルのことが大好きだ! 愛してる!」

「ザンデ様!」

「ならば、誓いのキスを」

 グシオンが言った。

 ライナが麻呂を見た。麻呂も驚いてライナを見た。そして二人は橋の上の三人を振り返った。

 ザンデが緊張した動作でリシェルの身体に両腕を回し、二人は見つめ合った。そしてゆっくりと唇を重ねたのであった。

「ここに神に祝福されし新たな夫婦が誕生した」

 グシオンが言うと、ライナが飛び出して行った。

「兄貴、おめでとう! リシェルも!」

「ライナ!?」

 ザンデが驚いた顔でこちらを見た。

「麻呂もか!?」

「二人ともおめでとうでおじゃる」

 麻呂が言うとザンデとリシェルは顔を真っ赤にしていた。

 ライナが拍手をし、麻呂も続いた。静寂が包む森の中にその音は力強く響いた。

 するとグシオンが言った。

「今宵は夫婦の初めての夜だ。麻呂、ライナ、我々は離れたところで夜を明かすとしよう」

「な!?」

「え!?」

 ザンデとリシェルが更に顔を赤くし驚きの声を上げる。

「え? 何で?」

 ライナが問うとグシオンが答えた。

「二人の愛の結晶たる赤子を授かるための時間だからだ」

「え? じゃあ、アタシ見てちゃ駄目?」

「見る?」

 グシオンが眉をひそめて尋ねた。ライナは頷いた。

「赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんでしょう? アタシ、コウノトリも赤ちゃんもみたいもん!」

 するとグシオンは麻呂に目を向けた。

 麻呂もライナの知識の浅さに驚き、慌てて言った。

「コウノトリなんて伝承でおじゃる。本当には来ないでおじゃるよ」

 するとライナは目を瞬かせて尋ねて来た。

「じゃあ、どうやって赤ちゃんは出てくるの?」

「ライナ、弟のライド君の時のことを思い出すでおじゃる。赤ん坊は母上のお腹の中でしばらくの間成長し、時が来れば出てくるのでおじゃるよ。ライナの母上のお腹が大きくなった時のことを思い出すでおじゃる」

 するとライナは大きく頷いた。

「そっか、そうだそうだ。確か妊娠っていうんだよね? じゃあ、兄貴がリシェルのこと妊娠させるの?」

「その通りだ」

 グシオンが生真面目に応じるとザンデが声を上げた。

「お前ら好き勝手色々言ってるがな、今は、ディアブロを斃すのが第一だろうが!」

「そうです! 赤ちゃんの話はそれが終わってからにします!」

 リシェルも厳しい口調できっぱりと言った。

「本当にそれで良いのか?」

 グシオンが二人に尋ねると、ザンデとリシェルは揃って頷いた。

「夫婦二人で決めたのなら何も言うまい。だが、今宵は我々三人は別の場所で夜明かしをしよう」

「しなくて良いです! ここに居て下さい! ここは敵地、何が起きるか分からないのですから!」

「言われてみればそうだな」

 グシオンが言い、彼は言葉を続けた。

「ならば、平常通り、見張りのクジを引くか」

 その言葉を聴いて、ザンデとリシェルは揃って安堵したような溜息を吐いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る