第四十六話 「ドリュウガの最期」
霧の中現れた宿屋を後にし、五人の円卓の騎士は打倒魔人ディアブロのための旅を再開した。
木々に刻まれた真一文字の印を辿ってゆくと、いつか見覚えのある場所が姿を現した。
四方八方に生える木はバラバラになり切り株ごと放り捨てられ、草藪は乱雑に刈られている。
その荒っぽく開けた大地に黄金の鬼面を付けた魔人が立っていた。
「今日こそ、貴様らの最期をディアブロ様に献上し、魔人としての汚名返上する」
かつては豪壮な鎧を身に着けていたが、今回は上半身の鍛えこまれた灰色の肌が剝き出しになっていた。
「この刈り方に散らかり方、造園業の親方に頭を下げて弟子入りして来るべきだな」
急造の闘技場を見てザンデが言うとドリュウガは吼えた。
「黙れ黙れ、俺は魔人だ! ディアブロ様の誇り高き唯一無二の騎士なのだ!」
新品の長柄の大斧を振り回し旋風が巻き起こった。
「紫の頭をしたお前、我が恨みを一身に受けたことを忘れはおらんだろうな!?」
「ああ、忘れてはいない」
「ならば、一騎討ちを所望する」
ドリュウガが斧をザンデに仕向ける。
「何でわざわざそっちの都合に合わせなきゃならないわけ?」
ライナが言い彼女は続けた。
「こっちは五人いるんだし、皆でタコ殴りにしちゃえば良いじゃん。その方が確実にアンタを葬れるわけだしね」
麻呂は居合の構えを、グシオン、リシェルも得物を抜いた。
「良い、みんな、俺に任せろ」
ザンデが言った。
「こいつの恨みは全部俺が引き受けると宣言したしな」
ザンデが剣を抜く。
「少々お前を見直したぞ」
魔人ドリュウガが言った。
「それは良いが、俺がお前を見直すかどうか、また別だ。始めよう……ぜ!」
ザンデが間合いを取った。魔人は駆け出し魂の咆哮と共に大斧を振るった。
だが、ザンデとの間に現れた光りの障壁に阻まれた。
「おのれ、姑息な魔術師め!」
魔人ドリュウガは三度、その自慢の膂力を使い、魔法の壁を破った。
その時にはザンデが新たな魔術を放った。燃え上がる火の玉が無数に宙に舞い魔人に襲い掛かった。
魔人はそれらの幾つかを斬り伏せたが、大部分をその身体に受け、身体は焼かれ、煙を上げていた。
「お前、自信の割には無策で来たのか?」
ザンデが言った。
「何だと?」
「前と一緒で成長のせの字も感じないと言ったんだ」
「黙れ、俺はディアブロ様の誇り高き騎士なのだ!」
「俺はこの円卓の騎士の中で一番の軟弱者だが、それでも誇りで斃せるほど弱いつもりは無いぜ」
ザンデは一呼吸置くと尋ねた。
「その忠誠心は認めてやる。だが今度こそ本当に死ぬぞ。前はディアブロが見兼ねて助っ人に入ったが今度はどうかな」
「ぬかせ!」
魔人が大斧を頭上高く掲げ水平に振り回した。
重々しい風切り音が木霊する。
「喰らえ!」
魔人は斧を振るった。
すると大きな空気の渦が刈り残された木々を真っ二つにしこちらに迫って来た。
空気の渦は大きくて早く、麻呂達まで巻き込もうとしたが、不意に光りの壁が現れ、麻呂以下、ザンデ以外の円卓の騎士達を覆った。
ザンデも自らを魔術の壁で護った。
空気の刃は通り過ぎ、後ろの木々を切り倒し消えていった。
「まだまだ、我が真空の魔術は必ずや貴様達を切り刻む!」
「一騎討ちとか言ってたくせに、アタシ達まで巻き込むんだ」
ライナが嫌味を言うと魔人は笑った。
「ならばこの刃が及ばぬところへ逃げれば良い! そおらっ! 我が奥の手の前に屈しろ、円卓の騎士共!」
刃が四つ、物凄い勢いでこちらに迫っていた。
不意に、麻呂達とザンデを守る光りの障壁の色が変わった。
途端に空気の渦は魔法の壁に弾かれ後続にぶつかり全て消滅してしまった。
「ば、馬鹿な!?」
「こいつはなかなか難しかった魔術だが、知って置いて正解だったぜ」
それは魔術を反射する壁だった。
と、ザンデが手を伸ばし五本の指先から稲妻を走らせた。
魔人はそれを避けつつ、迫って来た。
「くらえっ!」
振り下ろされた一撃をザンデは避けた。
「まだまだぁっ!」
魔人が躍起になって得物を振るう。
「逃げてばかりか!」
と、ザンデの剣が魔人の斧を受け止めた。
「ふふっ、避けきれなくなってきたようだな」
魔人が得意げに言うと、ザンデは早くも荒い呼吸を漏らし、どうにか押し返そうとしていた。
「非力だな。今日は魔術で力を強化しないのか?」
ザンデを少しずつ沈めながら魔人が問う。
「ああ、まだだ。その前に、もっと良い手を思い付いたからな」
その時麻呂は見た。ザンデの剣から煙が立ち上るのを。
「ぐおっ!? こ、これは!?」
魔人が驚愕の声を上げる。
それは氷で、立ち上る煙は冷気だった。
水晶のような氷はたちまち相手の斧を伝って全身に回った。
恐らく鬼面の下で驚愕に目を見開いたまま魔人は凍結した。
ザンデは荒い呼吸を繰り返しながら剣を掲げた。
「我が力を増幅せよ! くらえっ!」
ザンデの剣が魔人を一刀両断に粉砕した。
陽の光を反射し、氷に包まれた肉片が宙に舞い辺り一面に散らばった。
「あばよ、魔人ドリュウガ。お前の騎士道精神と忠誠心は嫌いじゃ無かったぜ」
ザンデは剣を鞘に収めるとよろめいた。
「ザンデ様!」
リシェルがいち早く駆け出しザンデの身体を支えた。
麻呂達も合流するとザンデは言った。
「奴は言っていたな。唯一無二の騎士だとか」
「そういえば、そうでおじゃるな」
麻呂が頷くとザンデは再び言った。
「幹部級の手駒はこれで無くなっただろう。後は悠々とディアブロを目指せば良いわけだ」
「その通りだな」
静かに轟く声の主はいつの間にか目の前にいた。
パンツ姿で灰色の鍛えこまれた裸体を晒し、短槍を担いでいる。面長の顔をし、頭部には薄い緑色の髪が逆立っている。
「ディアブロ!?」
円卓の騎士達が構えた。中でもリシェルは疲労困憊のザンデを庇う様にその前に出ていた。
「ドリュウガには静かに迷宮で待つよう言いつけたつもりだが、奴の誇りがそれを許さなかったようだ」
ディアブロはそう言うと腕をグルグルと回した。
するとその風切り音に共鳴するように、各方角から聞き覚えのあるゴーレム達の声が不気味な輪唱となって轟いた。
「残すは我が住みかとする迷宮のみだ。円卓の騎士共、お前達が来るのを楽しみに待っているぞ」
ディアブロは何時の間にか距離を取っていて、氷漬けになっている鬼面のついたドリュウガの二つに分かれた頭部を持っていた。
「逃げる気!?」
ライナが鋭く尋ねるとディアブロは応じた。
「そうだ。こいつを埋葬してやらねばならん。俺のために働いたのだからな」
ディアブロはそう言うと高く跳躍し森の中へと消えていった。
「ブランシュの時もそうだったけど、ああいうところが、ちょっと人間臭いよね」
ライナが言った。
「確かにそうでおじゃる。ブランシュにドリュウガ、麻呂達の前に敗れはしたでおじゃるが、ディアブロに仕えることができて満足だったでおじゃろうな」
麻呂もディアブロがどことなく憎めなく感じていた。
「敵に情をかけるな。その心の隙がお前達の最後になるかもしれぬ。敵はお前達に情をかけたりはしないのだからな」
グシオンが冷静な顔で述べた。
麻呂とライナは揃って頷いた。
「とりあえず今は目先の敵を斃すことを優先するべきです」
リシェルが言ったと同時にゴーレム達が急行してきた。
その走る姿を初めて目にして一行は驚いたものの、冷静に迎え撃ったのだった。
木のゴーレムも石のゴーレムも正確無比に得物を振るってくる。
「皆、油断は禁物でおじゃるよ!」
麻呂が呼び掛けると、円卓の騎士達が声を上げて応じた。
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