第34話 ファーストキス
足が伸ばせる風呂に入るのは、久しぶりだった。
広い風呂場だし、俺の知っている風呂場とは全くの別物。
何より先ず、バスタブが四角じゃない。丸いし、なんか座れるように段がついている。
風呂だよな?このボタンはなんだ?ちょっと押してみるか?
ブォーン!
な、なんだ!?泡?
「金持ちの考えてる事は分からん…んっ、気持ちいいな。」
童貞を捨てる為に俺は今、風呂に入っている。
あれだな、冥土の土産ってやつだ。
しかし、女からセックスしましょうなんて言うか?
ああ、慣れてるのか。
花蓮のマンションの風呂場を、いや、バスルームを借りて、彼女と一戦交える為に身体を清めるのは、最低限のマナーだ。
俺の家には無かった、と言うよりCMですら見たことの無いシャンプーやボディーソープを使って、入念に身体を洗った。
今の俺に隙はない。筈だ。
現状が余りにも非現実的で、俺はもう既に天国にいるんじゃないかと錯覚すらしそうだった。
緊張感が半端じゃない。
身投げしようと思って、屋上に出た時ですらここ迄緊張していなかった。
だが、俺も男だ。
ここまで来たら、やってやるさ!
中二で親父に拾われて、女と付き合う暇なんて無かった。
親父も裕福では無かったし、迷惑もかけたくなかったから、俺はひたすらに勉強し、今の高校も特待生で入学した。
だから、女の扱いなんて全く分からない。
考えると動けなくなりそうだったから、意を決してバスルームを出た。
脱衣場にはふわふわのバスタオルが用意してあり、その横にバスローブがあった。
「何だかな…何もかもが想像以上だ。バスタオルでさえ、こんな…めっちゃ凄い吸水力だな。」
用意してあったバスローブを着て、風呂に入る前に教えて貰っていた寝室に向かう。
ノックをすると、中から花蓮の声が聞こえた。
「どうぞ?」
「あー、風呂ありがとう。次どう…ぞ?」
てっきり、俺の後に入るのかと思っていたが、花蓮も既にバスローブを纏ってベッドに腰掛けていた。
天蓋付きのとてつもなく大きなベッドだ。
大人が五人は寝れるんじゃないか?
「この家にはバスルームが二つあるのよ?」
なるほどな。
じゃあ、お互いに準備OKと言う事だ。
始める前に、花蓮に一言言っておかなければいけない。
「言った通り俺は童貞だし、キスもした事ない。やり方なんか知らないから、上手くいかないかもしれない。花蓮はそれでも後悔しないか?」
俺にとって最初で最後になるかもしれない経験だ。そして花蓮にとっても、最後の相手が俺になる事で後悔をしないのかと、心配になった。
「いいの。シンのやり残した事をしましょうって言ったのは私よ?貴方のしたいようにして?」
「そっか…分かった。」
それ以上は何も聞かなかった。
俺は花蓮に近づき、手を取ってベッドから立ち上がらせた。
花蓮も素直に立ち上がり、優しく微笑んでいる。
彼女を抱き寄せた。
彼女の身体からさっき俺も使ったボディーソープの香りがした。
「フフっ。シン、ドキドキしてる。心臓の鼓動が私にもわかる。」
俺に身を任せるように密着し、花蓮も俺の身体を抱き締めた。
「しょうがないだろ。初めてなんだ、抱き締めるのも。」
「そうなの?シンってモテそうだけど?」
「モテそうなのと、実際にモテるのは別だ。」
抱き合いながら会話をしていると、少しだけ落ち着いてきた。
胸の中に頬を寄せるように抱かれている花蓮を見つめていると、彼女が顔を上げて目が合った。
折角落ち着いてきたのに、また鼓動が早くなるのを感じた。
だが、もう止まれそうになかった。
「花蓮…」
花蓮も頬を染めて、瞳を閉じた。
緊張で震えてしまいながら、唇が触れるくらいのキスをして、もう一度花蓮を見つめる。
花蓮も目を開けて俺を見つめて微笑んだ。
「シン、もう一度…」
俺の首に両腕を回し、今度は花蓮から唇を重ねてくる。
熱に浮かされたように身体が熱くなり、思うままに花蓮を強く抱き締め、先程よりも長いキスをする。
誰にも必要とされていない俺が、大切にしたいと思っていた繋がりを無くした俺が、全てを終わらせようと思っていたカラッポの俺が、会ったばかりのこの女に強く求められている気がして、どうしようもなく心が揺れた。
唇が離れて、更に強く花蓮を抱き締めた。
「あっ…」
少し苦しそうな声を出したが、それでも彼女は俺の腕から逃れようとせずに、抱き締め返してくる。
花蓮の柔らかな身体の感触が俺を包む。
「おい、花蓮。どうしてくれる。」
「どうしたの?」
「花蓮の事を好きになってしまったじゃないか。」
「フフっ。どうしたらいいかしら?」
「さあな。お前も俺の事を好きになればいいんじゃないか?」
「あら、もうなってるわよ?シンの事が好きよ。」
「こんな普通じゃない状況で、キスだって初めてだからな。流されてるのかな…」
「そんな事はないんじゃない?会ったばかりだとかキスしたからだとか、そんな事は小さい事。好きだって気持ちがあるならそれは本物だと私は思う。私は貴方が好きよ。」
「俺も花蓮が好きだ。言葉にしづらいけど、カラッポの俺の心の中に花蓮が入ってきた、そんな感覚だ。」
「そう。ねえシン。後でゆっくり語り合いましょ?今は…ね?」
「そうだな。それに、もう気付いてるだろ?」
「うん。当たってる…フフっ」
当然だ。若い健康な男子には刺激が強すぎる。
俺の一部は既にトランスフォームしているのだ。
「シンおいで?しよ?」
花蓮に誘われるまま、ベッドに倒れ込んだ。
Rest feather (+) 司馬楽 みちなり @shibarakumichinari
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