第12話 卑弥呼との別れ

 「じゃあ、福岡へやって来たのは何者なんだろうか?」

「倭国の範囲は、北は朝鮮半島南岸から南は福岡だったわよね。だから、朝鮮半島から来た民族と考えるのが自然じゃない?」

「でも、倭国の範囲だからって、朝鮮半島から来たかどうかはわからないよ。稲作の起源は中国の長江(揚子江)流域らしいから、日本にやって来たのも、中国の民かも知れないよ。」

「困ったわね。何から調べたらいいの?」

「最初の国生みは、玄界灘の淤能碁呂島だったよね。福岡と言えば海神が思い浮かぶんだけど。海神は渡来人だったと考えられないだろうか?」

「それじゃあ、困ったときのネット検索で、海神を調べてみましょうか。」

「海神は海を司る神らしいけど、『海神』だけでは、あまり気になる記事はヒットしないわ。」

「じゃあ、まずは、中国の魏王朝より古い『漢』や『秦』とAND条件で調べてみて。」

「『海神』と『秦』で面白い記事があったわ。」

「徐福という人が、秦の時代に不老不死の薬を求めて、どうも日本に来たらしいわ。『史記』という文献に載ってるみたいよ。そして、海神から名のある男子と童女と諸々の工作品を用意すれば薬をくれると言ったらしいわ。」

「秦の時代といえば紀元前220年頃だな。その頃には海神は日本にいたということか。」

「じゃあ、その前の時代の『呉』や『越』や『楚』で調べてくれないか。」

 ・・・

「これはという記事は見当たらないわ。」


「朝鮮半島も当たってみよう。」

「韓流ドラマの『海神(へしん)』のことばかりよ。」

「ドラマになるということは、海神の文化があったってことだね。」

「でも、時代背景は9世紀頃の話らしいわ。」


「じゃあ、古い時代の情報を優先して、このくらいにしておこうか。」


紀元前3世紀頃、海神が福岡へやって来た 


私は、徐福や海神のことが記された史記が気になり、図書館で借りることにした。

史記は、漢の時代の司馬遷という人が編纂した中国初の正史と言われる歴史書で、「本紀」12巻、「表」10巻、「書」8巻、「世家」30巻、「列伝」70巻から成る。徐福や海神に関わる記述は、『秦始皇本紀』と、『淮南衡山列伝』に見える。徐福を徐市、海神を大神や神などとも記述されたりしているが、同じと捉えると、以下のとおり確認できる。


『秦始皇本紀』

既已,齊人徐市等上書,言海中有三神山,名曰蓬萊、方丈、瀛洲,僊人居之。請得齋戒,與童男女求之。於是遣徐市發童男女數千人,入海求僊人。

方士徐市等入海求神藥,數歲不得,費多,恐譴,乃詐曰:「蓬萊藥可得,然常為大鮫魚所苦,故不得至,願請善射與俱,見則以連弩射之。」始皇夢與海神戰,如人狀。


『淮南衡山列伝』

徐福入海求神異物,還為偽辭曰:『臣見海中大神,言曰:「汝西皇之使邪?」臣答曰:「然。」「汝何求?」曰:「願請延年益壽藥。」神曰:「汝秦王之禮薄,得觀而不得取。」即從臣東南至蓬萊山,見芝成宮闕,有使者銅色而龍形,光上照天。於是臣再拜問曰:「宜何資以獻?」海神曰:「以令名男子若振女與百工之事,即得之矣。」』秦皇帝大說,遣振男女三千人,資之五穀種種百工而行。徐福得平原廣澤,止王不來。


文中の『即從臣東南至蓬萊山,見芝成宮闕』の部分は、魏志倭人伝の東南至る伊都国を彷彿させる。徐福一行が末盧国に比定した唐津に着いたとしたら、東南にある蓬莱山は、吉野ヶ里遺跡や、神武天皇が即位したとする樫原湿原辺りになるではないか。そして、芝が不老長寿の薬とされる霊芝とすると、樫原湿原辺りなら標高600mくらいで、その自生する環境となる高湿地の林と合致する。すなわち、徐福が会った海神は神武天皇ではないだろうか。


 そんなある日、私は夢を見た。朝靄に煙る林に射し込む朝日を浴びながら、郁美は霊芝を手に立っていた。

「私たちの祖先は海を渡って来たのよ。海や川は各地に誘い、私たちを豊かにしてくれたわ。そして、蓬莱山に辿り着いたの。ここは素晴らしい所よ。私たちの国造りはここから始まったのよ。」

「ここもスタートラインだったんだ。」

「そうね、私たちの祖先のスタートラインだわ。ここから、海に上る朝日を求めて、国造りがスタートしたのよ。」


「でももう、私たちがあなたに会えるのは、これが最後みたい。」

私は、郁美がとても愛おしく思えた。

「どうして会えなくなるんだい。行かないでくれ!」

「大丈夫。私たちはいつもあなたのことを見守っているわ。」

そう言って、郁美は林の中に消えて行った。


久しぶりに会えた郁美はもう会えないと言った。私たちとは、郁美と豊野花をも指しているのだろうか。彼女たちの役目は終わったということなのだろうか。これ以上のことは調べるなということなのだろうか。


倭国を造った海神なる民族は、海を渡って来て、福岡に辿り着いた。そして、その中から神武天皇が、蓬莱山なる樫原湿原の宮で倭国王として即位し、そこをスタートラインにして、倭国の国造りが始まったということか。


「速く起きないと会社に遅刻するわよ!」

目が覚めると、目の前に、文江が立っていた。

「やっぱり夢だったのか。」

カーテンの隙間から射す日差しが眩しい。時計を見ると、7時を回っている。私は、慌てて簡単な食事と身支度を済ませて家を出た。ふと耳元でたまゆらの音が聞こえたような気がした。

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弥生の暗号 育岳 未知人 @yamataimichi

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