第11話 倭国の始まり
あれから一年近く経ったある日、一通のメールが届いた。出版社からだ。何とか出版に漕ぎ着けそうらしい。私は、陽だまりの中で、思い切り深呼吸をした。宮崎のホテルで浴びた朝日を、そして、あの夜の出来事を思い出した。何とか郁美と豊野花の願いを叶えられそうだ。寂しいことだが、もう、二人が夢に現れることも無くなった。とはいえ、こんな風に、時折、あの時のことを思い浮かべては、本の執筆に没頭する毎日である。
そんな時、美知がこんな宿題を持ちかけてきた。「我が家のルーツを知りたいの。」
「うちは名家じゃないし、家系図なんかもないしな。曾おじいちゃんが福岡の傘屋の家から分家して我が家が始まったようだけど。その前になると、もうわからないなあ。」
「じゃあ、まあ、我が家のルーツは傘屋ってところね。」
「そうだな。でも、どうしてそんなこと聞くんだい?」
「実は、友達の遥香の曾おじいちゃんが中国の満州出身だって聞いたから、うちの家系にも外国の血が混じってないかって思ってね。」
「そういうことか。でも、うちだって、ずっと遡ると弥生時代や縄文時代の頃には、大陸や南の島から移ってきたのかも知れないね。」
「・・・」
「そうだ、弥生のルーツに繋がらないかな。」
「父さん、何言ってるの?」
「いやあ、今書いている本の結末を考えていたのさ。」
「父さん、出版社と話したりして、もう作家気取りだね。」
「そんなことはないよ。でも、せっかく魏志倭人伝や古事記のことを勉強して弥生の始まりにも近づいてきたから、もう少し頑張って弥生のルーツも探ってみようかと思ってね。美知、いっしょにやるか?」
「少しばかりは興味があるけど。父さんが頼むんだったら手伝ってもいいわよ。」
「弥生時代の土器と縄文時代の土器って、全然違うよね。弥生時代には稲作が始まったし、単に弥生のルーツが縄文ってことじゃなくて、大陸の民族辺りにルーツがあるように思うんだ。」
「そうね。古事記なんかをもっと調べたら、日本のルーツが見えてくるかも知れないわね。」
「古事記の『神』の付く神を調べた時、神武天皇=神産巣日神としたよね。でも、この神武天皇や神産巣日神辺りについては、まだあまり調べきれてないような気がするんだ。だから、ここを調べてみたら、弥生の始まりの頃のことが何かわかるかも知れないよ。」
上 ↓未調査 ↓神武天皇に同じ
巻 神産巣日神 神倭伊波禮毘古命
∥
中 神武天皇 崇神天皇 応神天皇
巻 神武天皇記 崇神天皇記 応神天皇記
国生み 海神訪問
↑未調査 ↑調査済み ↑調査済み
私たちは、まず神産巣日神について、確認してみた。しかし、名前が羅列してあるだけでそれ以上のことはわからない。次に古事記中巻冒頭の神武天皇記を調べてみることにした。ところが、場所は高千穂の宮で兄の五瀬命と政をやるにはどこがよいかと相談し、日向から発って神武東征の旅に出るというものである。
「高千穂や日向と言えば、宮崎じゃない?弥生の始まりは宮崎からってことになるわ。」
「そんなはずはないよ。倭国の範囲は、北の境界が朝鮮半島の南岸で、その昔の南の境界は福岡だったよね。」
「じゃあ、神武天皇記に記された時代は弥生の始まりの頃じゃないってこと?」
そういえば、郁美が宮崎でスタートラインと言ったことを思い出した。しかし、それは高天原である倭国から、天孫降臨して葦原中国を治めるためのスタートラインだったのではないだろうか。とすれば、宮崎は倭国のスタートラインではなく、逆にゴールだったということになる。では、倭国のスタートラインは、どこだったのか。宮崎と福岡は糸で結ばれていた。もしかすると、郁美(卑弥呼)から福岡の豊野花(台与)に受け継がれたのは、元に戻ったということではないだろうか?博多行きの高速バスの中で見た夢の中で、故郷とされた倭奴とは、福岡のことだったのではないだろうか?
福岡 宮崎
→倭国拡大→
倭国のスタートライン 倭国のゴール
豊野花 郁美
(台与) ←女王継承← (卑弥呼)
←都の戻り←
「父さんは、神武天皇記が、高天原(つまり倭国)の始まりと、葦原中国(つまり倭国外)の始まりの両方を表しているんじゃないかと思うんだ。福岡県糸島市の平原遺跡の先には、『日向峠』がある。同様に『高千穂』という地名もあるかも知れないよ。ネットで調べてみよう。」
「高千穂はやっぱり、宮崎県と鹿児島県の県境にある高千穂峰と、宮崎県の高千穂町しかないわ。でも、日向峠の近くに高祖山という山があるみたいよ。」
「それって、高千穂=高千峰で、高祖山系の山々を示すと考えられないだろうか?」
「そう考えると、確かに神武天皇記が二つの意味を持っていることになるわね。」
「高祖とは、前漢の初代皇帝の劉邦など、始祖に贈られる称号なんだ。神武天皇は倭国の初代皇帝として高祖山と名付けたのかもしれないな。」
そんな話をしていると、美知が突然ノートパソコンの画面を突きだした。
「これって凄くない?グーグルマップで見ると、高祖山と日向峠を結ぶ線の延長線上に、宮崎県の高千穂町があり、それをさらに延長すると、宮崎県日向市に繋がるのよ。」
高祖山
\
日向峠
\
\
\
高千穂町
\
\
日向市
「これは偶然じゃないかも知れないな。高祖山と日向峠の関係を拡大して宮崎にコピーしたということじゃないだろうか?」
「いよいよ福岡と宮崎が糸で結ばれてきたわね。」
「でも、もう一つ糸で結ばれた所があるんだ。それが、佐賀の吉野ヶ里遺跡だよ。『神』の付く神武天皇と、崇神天皇と、応神天皇の三天皇は、建国や遷都にも関係している共通イベントじゃないだろうか。応神天皇は弥生の最後だから近畿地方に遷都して大和(大倭)を建国した、崇神天皇は倭国以外の国生みだから出雲や近畿と倭国へもアクセスのよい宮崎に遷都した、そして、神武天皇は弥生の始まりの福岡から有明海や筑後川などで九州南部へ拡大した倭国への交通に便利な佐賀辺りに遷都して倭国を建国したんじゃないかと思うんだ。だから、神武天皇記や伊邪那岐神の国生み神話は、共通する遷都や建国に纏わる出来事を重ね合わせて表現しているのかも知れない。」
神武天皇 崇神天皇 応神天皇
佐賀遷都 宮崎遷都 近畿遷都
倭国建国? 倭国外の国生み 大和建国
←←←←← 重ね合わせ? →→→→→
「確かに伊邪那岐神の国生みにも、倭国外の国生みといっしょに倭国の国生みのことも記されていたわ。でも、崇神天皇=伊邪那岐神の国生みは、福岡からの遷都じゃないの?」
「倭国を南九州に拡大するにつれ、倭国全体の統制を佐賀が担うようになり、福岡と佐賀を合わせて倭奴としたんじゃないかな。」
「だから、福岡と宮崎に加えて佐賀も糸で結ばれているのね。」
「そう、だから、神武天皇記と国生みから、もう少し確証を得たいな。」
「じゃあ、神武天皇記と、伊邪那岐神の国生み神話をもう一度調べてみましょう。」
私たちは、まず神武天皇記を、最初からもう一度読み返してみた。
「神武天皇記では、白檮原宮で即位するけど、佐賀にも樫原湿原っていう所があるわ。他にも、歌に出てくる伊勢、伊那佐山なんかも佐賀の地名にあるみたい。そして、樫原湿原は、福岡の高祖山から佐賀に抜ける山道の途中近くにあるわ。」
『倭国建国』 『大和建国』
高祖山の高千峰で思案 高千穂の宮で思案
日向峠を発ち 日向を発ち
樫原湿原で即位 白檮原宮で即位
次に、伊邪那岐神の国生み神話を、最初からもう一度読み返してみた。
「最初に生んだのは淤能碁呂島よ。」
「淤能碁呂島は、玄界灘に浮かぶ小呂島や能古島に比定されるようだよ。」
「やっぱり福岡ね。」
やはり、倭国の国生みは福岡からなのだ。
弥生の始まり 国生み 弥生の終わり
神武天皇 崇神天皇 応神天皇
倭国建国 倭国遷都 大和建国
福岡→佐賀 福岡→宮崎 宮崎→近畿
(佐賀は守り)
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