第2話「酒のあるサ店」
いつからか、休日というものが
昔はあれ程自由な時間を持てることが嬉しかったというのに、今では苦痛さえ感じる。休みだからといってやるべきこともなければ、やりたいこともない。今の仕事は決して楽しいものではないが、忙しくしていることが最も効果的で省エネな現実逃避なので、仕事をしている方がましだった。
大学時代に腕を磨いた囲碁も、ここ数年打っていない。学業を疎かにして
いつものように昼過ぎまで十分に身体を休め、本棚から適当に数冊の文庫本を
一時間ほど散歩をした後、行きつけの喫茶店に潜り込んだ。街外れにひっそりと佇む個人経営の店で、休日でもほとんど混まないので居心地が良い。いつもの左端の席に腰かけた。
珈琲を
自分のほかに客のいない静寂を享受して、文庫本を出すために鞄を開く。先ほどは忘れていたが、 昨日の帰りに駅の売店で購入した週刊碁――対局はしなくとも、これだけは毎週買って目を通している――が四つ折りにして入っていることに気付いた。
週刊碁を広げ、NHK杯トーナメントの棋譜解説に傾注していたところ、客が一人入ってきた。私より少し年上と思われる女性だった。端に座っている私を
彼女もカンパリオレンジを頼んだ。時々天井や遠方に視線を投じ、しかし溜め息はこぼさずに、すうっと飲む。品のある仕草で扱うそれは、たいそう高級な飲み物のように思えた。
新聞を置いて横あいに目をやると、彼女と目が合った。表情は崩さず、でも心なしか目元が緩んだように見える。彼女はカンパリのグラスと、向かいの椅子にかけていたネイビーブルーのコートを手にしてやおら立ち上がり、私のテーブルの前にやって来た。
「お邪魔してもよろしいかしら?」
今度は、はっきりと微笑を
女性としては背が高く、痩せすぎずに程よい肉付きの
彼女――
五年間生活を共にした恋人と数日前に離別した。恋人とは、旅先の香港で偶然に出会った。互いに惹かれ合い、互いにいい歳をして“運命の人”などと
彼との生活は、刺激が多く心躍るものであった。少しの不満も不都合もない
「一人で家にいると気が滅入って、孤独に閉じ込められそうな気分になるの」
互いにグラスが空になり、紀子が挙手して店員を呼ぶ。
「同じですね、僕も」
同じものを二つと、やって来た店主に注文する。
「これまでの人生で一番愛した人だったけど、終わってみるとあっという間ね」
そう言って、紀子は天井を仰いだ。北欧風のアンティークな照明器具が、無機質な光を放っていた。
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