真夜中のなかで





この小さな世界のほとんどが

寝静まった頃

ささやかな明かりの下

好きなミュージシャンが綴った言葉を

空っぽの身体に染み込ませていた


ふと

忘れかけられたかのような静けさで

淡々と時を刻む時計を見る

午前3時半

僕のためだけに存在しているかのように

日常から切り取られた時間だ

ここでは何も気にしなくていい

ただ息をして

ただ好きなことに夢中になって

「このひと時ために生きているのだ」

なんて意気揚々と描いた言葉を

部屋の一番目立つところに飾って

このひと時のために生きてきたのだと

ひたすらに自分を慰めた


ふと

雨の音が聞こえて

特に意味はないけれど

窓を開けてベランダに出てみたら

案の定

申し訳程度に雨が降っていて

ベランダは渇きを潤すかのように

雨をひたすらに受け止めていたから

僕の足は濡れてしまった


でも

そんなことどうでもいいと

思えるくらいに

街は静かに眠っていて

まるで日常から逃げて

逃げて

逃げてきた夜の果てで

安らかに眠っているかのようだったから

日常から切り取られたような僕も

この瞬間だけは

この夜に溶けてひとつになっているかのように

思えて安心したんだ


特に深い意味はない


ただぼんやりとそう思っただけだ


あと数時間もすれば

空は夜を忘れて

また生き生きと陽を称え

さも当たり前かのように

日常が流れてゆくのだ

僕はまた上手く進めず

転んで擦りむいた膝や手を

愛想笑いしながら隠して

それでもって

また歩いていくのだろう


静かすぎる僕の日常は

そうやって

積み重なってゆくのだろう 

失敗も後悔も涙も愛想笑いも

ちょっとだけ良かったことも

自然に笑えた瞬間も

大好きな音楽も言葉も

みんな僕の内側に積み重なって

僕となっていく


それでいい


全てが眠った夜の中

誰にも気づかれない程度に降る雨に

僕だけが気づいている

もしかしたらこの世界は

僕とこの雨だけなのかもしれない

そう思ったら

なんだか泣けてきた

だけどその実

心では微笑んでいることに

僕はちゃんと気付いていた













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