第38話 新たなる旅立ち
開拓村に帰ってきた。ホムホムで買ったお土産を手に実績お婆さんの家に行く。
ドアをノックすると、実績お婆さんがにこやかな顔で出てくる。
「ボルベル族の都市に行ったので、お土産にお菓子を買ってきました。お口に合うといいのですが」
「おや、ご親切に。お茶を淹れるから、上がってお行き」
家に上がると、少し前まで誰かが来ていたのか、飲み残しのお茶があった。
(誰かが実績解除に来たのか? 俺たち以外にもいるのかもしれないな、実績解除に熱心な人間が)
実績お婆さんは前のお客のカップを下げる。
ヒイロはそれとなく尋ねる。
「誰かお客さんが来ていたんですか」
「ああ、ちょっとね」と答えるだけで誰が来ていたかは教えてくれなかった。
お茶が入ったので、ドドンの木を伐った冒険と、聖王殿を発見した事実を教える。
実績お婆さんは始終ずっと笑顔で、ヒイロの話を聞いていた。
ヒイロが話し終わると、実績お婆さんは落ち着いた調子で語り出す。
「私も気になってね。時間のある時に、この大陸の聖王について調べてみたんだよ」
(実績お婆さんにしては、珍しく前向きな行動だな)
「それで、何か、わかりましたか?」
「この大陸ではあまり知られていないけど、聖王は一人だけがなれるわけではないね」
「王様って一人のイメージがありますけど」
「聖王は時に複数が誕生して
(意外な事実だな。聖王同士による戦争があったのかな)
「全ての実績解除者が同時代に複数人も現れるなんて、あるんですか?」
実績お婆さんが真剣な顔で語る。
「何か、大きな意思が働いたのじゃろう。今が、そうなのかもしれない。現に実績解除の報酬を貰いに来る人間は増えておる」
「そうか。俺と同じく、全ての実績解除を目指す人間がいるんだな。だとしたら、競争だな。望むところだ。俺は負けない」
実績お婆さんは優しい顔で語る
「競争を望むか。それもまた、よしじゃ。どれ、褒賞を授与してやろう」
「お願いします」
実績お婆さんが呪文を唱えると、体がぽかぽかと暖かくなる。
「これで、ヒイロには、呪いの耐性が付与されたよ。今後、小さな呪いには掛からず、大きな呪いは、効果を弱めるじゃろう。さあ、次は称号の授与じゃ」
実績お婆さんが再度、呪文を唱えると、頭が仄かに温かくなる。
「魔人の友人の称号があると、深遠なる図書館に入れるよ」
(聞いた覚えのない場所だな。どこにあるんだ?)
「深遠なる図書館って新大陸のどこかにあるんですか?」
「さあ、どこだろうね? でも、称号名が魔人の友人だから、魔人なら知っていると思うよ」
(魔人といえば、ルドルフだな。ドドンの木を受け取りに来た時にでも、聞いてみるか)
「他に称号に関して情報がありませんか?」
「残念だね。今は見えないねえ」
ヒイロは村にいなかった間、村の様子を聞いてから家に戻った。
家に戻ると、来客があった。ルドルフだった。
ルドルフはパオネッタと話をしていた。
「随分と待たせちまったな。ドドンの木なら、やっと手に入ったよ」
ルドルフは特段、気にした様子はなかった。
「気長に待つつもりだったから、気にしていない。すぐに必要になる素材でもなかったしな」
パオネッタが穏やかな顔で席を立つ。
「それじゃあ、ルドルフさんの相手は任せるわ。私は実績お婆さんに会ってくる」
「行ってらっしゃい」
ヒイロはルドルフの向かいの席に座る。
「今日はちょっと聞きたい話がある」
ルドルフも軽い調子で切り出す。
「私も聞きたい話がある」
「何だ、気になるな。まず、ルドルフからの用件を聞こうか」
ルドルフは真面目な態度で、率直に尋ねてきた。
「ヒイロは聖王を目指しているかどうか、知りたい」
ヒイロは正直に答えた。
「俺の目的は神が人間に与えた全ての実績を解除することだ。実績解除を探求していたら、聖王の話にぶち当たった。だから、聖王を目指している。いわば、成り行きだ」
ルドルフは念を押ししてから確認する。
「では、聖王が何か知らず、また必ずしも成りたいわけではないんだな」
「聖王が何か知らないかは認める。だが、聖王が全ての実績解除者のみが辿り着ける境地であるなら、俺は聖王になる未来を否定しない」
ルドルフが少しばかり挑戦的な態度で
「聖王とはこの大陸の支配者にして、絶対者だ。聖王になれば、この地の者は全て従う。どうだ? 魅力的な力だろう」
ヒイロの考えは違った。
「魅力的だとは思わないね。人は自分の人生の主人でさえあればいい。他人を支配しようだんなんて、思わない。大それた野望は身を滅ぼす」
ルドルフは少しばかり身を引いて、腕組みして意見する。
「欲のない男だな。だが、ヒイロの言葉が本当なら、他の聖王候補とはまた違った面白みもある」
(実績お婆さんも遠まわしに示唆していたが、聖王を目指す人間が現れているのか。ルドルフの所にも、聖王を狙う人間が訪ねているんだな)
「俺の他にも、聖王候補がいるのか?」
ルドルフは、おめでたいといわんばかりに教えてくれた。
「新大陸の道が開けたのが偶然とでも思ったのなら、都合がよすぎるだろう。それに、少なくともヒイロは聖王候補を一人は知っているはずだ」
思い浮かぶ人物はいなかった。
「誰だ? 冒険者か? 見当が付かない」
ルドルフは当然だとばかりに指摘する。
「パオネッタだよ」
「あいつが聖王を目指す? ちょっと信じられないな」
「パオネッタはヒイロと共に長くの時間を過ごしている。自ずと、ヒイロと一緒に冒険している。つまり、パオネッタも多くの実績を解除しているだろう」
意外な指摘だが、否定はできなかった。
「指摘されりゃ、パオネッタも三十や四十の実績を解除しているな。でも、聖王になりたいだなんて、聞いた記憶がないぜ」
ルドルフは達観した姿勢で語る。
「人間は誰しもヒイロのように、自分の夢を他人に語りはしないものだよ」
「パオネッタがライバルねえ。でも、ライバルになるならなるで、いいだろう。パオネッタは俺の寝首を掻く真似はしない」
ルドルフが辛辣に態度で酷評する。
「どうだかな。人間は大きな力を前にすれば、性格も歪むものだよ」
(今日のルドルフは変だな。いやに説教臭い。パオネッタが心変わりしたなんて、思えない)
パオネッタを悪く評価されたようで、少々嫌な気分になった。
「やけにパオネッタを悪くくさすな。パオネッタと俺との仲を裂こうとしても、そう簡単には行かないぞ」
ルドルフは真にヒイロを思いやっているようには見えなかった。だが、思い付きで話をしているようにも見えなかった。
「別に、喧嘩別れさせようと画策しているわけじゃない。単なる親切心からの忠告だ。私の用件はそれだけだ。それで、ヒイロの聞きたい情報は何だ?」
(面白くない話は切り上げて、聞きたい情報を訊くか)
「深遠なる図書館って、どこにあるか、知らないか? 何でも、深遠なる図書館に行けば聖王について、もっと詳しくわかるそうなんだ」
ルドルフは、あっさりした態度で認めた。
「知っているぞ。私の家からも深遠なる図書館に繋がる通路がある」
「何だ、わりとと近くにあったな。ルドルフの家の通路を使わせてもらっていいか?」
ルドルフは構えて発言する。
「ただし、通路を通るには条件がある」
「聖王の紋章が必要なのか? それとも、使用料としてまたモンスターを狩ってこいと命じるのか?」
「使用料は要らない。条件も聖王も紋章までは要らない」
「じゃあ、どんな条件だ? スパッと教えてくれ」
「世界の探求者の称号が必要だ」
「なるほど、誰でも入れないんだな」
ルドルフはすらすらと説明する。
「つまり、パオネッタも深遠なる図書館に一緒に行くには、パオネッタが実績を三十六個、解除していないと入れない」
「それで、実績お婆さんのところに称号を貰いに行ったのか。俺は実績お婆さんではないから、わからないが。パオネッタなら大丈夫だろう。俺たちに深遠なる図書館への道を開いてくれ」
ルドルフが真剣な顔で意見してきた。
「深遠なる図書館にはガーディアンたちがいる。ヒイロとパオネッタならガーディアンなぞ、問題ないだろう。だが、深遠なる図書館では、聖王の秘密と、この大陸の真の姿を知ることになる」
ヒイロは危険を感じなかった。それより、実績解除や冒険に心が躍った。
「いいねえ、冒険の香がする。俺の求める浪漫がある」
「そうか。なら、準備ができたら我が家を訪ねて来い。深遠なる図書館のへの道を開こう」
ヒイロは気になったので、尋ねた。
「なあ、ルドルフ。あんたの正体って、いったい何なんだ?」
ルドルフは素っ気ない態度で語った。
「私か? 私は単なる後援者だよ。有望な人間のね」
夜になると、パオネッタが帰ってくる。
二人で、カルロッタが作ってくれた食事を食べる。
パオネッタが澄ました顔で訊いてくる。
「ねえ、ヒイロ。私が聖王を目指すと宣言したら、どうする? 相棒を解消する?」
(パオネッタにも、何か思うところができたか)
ヒイロは食事を続けながら、簡潔に答える。
「そんな些細な話では、相棒解消はしないな。まだ、聖王が何か詳しくわからないし」
「でも、聖王同士は争った記述もあるらしいわよ」
ヒイロは深刻には考えない。
「実績お婆さんの話だろう。争った、が正しい情報なら、全ての実績解除をした者は同時に複数が存在できるんだろう。だったら、二人の実績全解除者がいても、いいだろう」
「聖王が大勢いても、別に大きな問題じゃない、と考えるのね?」
偽らざる心境を告げる。
「モモンたちの対応はわからない。だが、もし、パオネッタが俺と同じく全実績の解除者を目指すなら、協力してもいい。俺は、俺と同じ夢を見る人間を排除したりしない」
パオネッタが優しく微笑む。
「甘いわね、ヒイロって。でも、だからこそ、私も一緒にいたのかもしれない」
「なら、これからも一緒でもいいだろう。互いの全ての実績が解除される、その日まで」
パオネッタは柔和な顔で打ち明ける。
「嘘よ。私には聖王も、全ての実績の解除も、必要はないわ」
「なんだ、嘘か。まあ、俺は嘘でも本当でもいいけど」
「私は、ただ見たいだけ。ヒイロがどこを目指して、どこに行くのかをね」
「いいさ、見せてやるよ。パオネッタ、誰も見た経験がない風景を、な」
夜が明ける。ヒイロとパオネッタは真相が眠る深遠なる図書館に旅立つべく支度を調えた。
二人の冒険の旅の先に何があるのかは、誰も知らない。ただ、冬の朝日だけが、二人の道を照らしていた。
【了】
最強なんてどうでもいい。俺は実績解除がしたいだけ 金暮 銀 @Gin_Kanekure
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