第6話 やっと……

 翌日も学校が終わり、すぐ電車へと乗り込む為に駅へと向かう。一時間半、電車に揺られ、目的地へ着くとバイトまでの時間を潰す。

「……いるわけない……よな」

 誰もいない遊び場を見て呟く。そして、ベンチへと腰掛ける。少しばかり冷たい風がブルゾンから出ている手や顔を撫でる。

 五分ほど、澄み切った青空を見上げて俺はベンチから立ち上がり、

「じゃあな」

 そう言って遊び場から立ち去った。

       ◆

       ◆

 久しぶりに早く帰ってきた。バイトも休みで暇だった。電車を降りると、数日前に見かけた人影が視界に入った。俺は急いで階段を駆け上がり、人影がいたホームへと走った。重いリュックなど気にすることなく走った。この時だけは、エスカレーターを駆け下りた。悠長に立ち止まれるほどの余裕は俺になかった。

 改札を抜け、辺りを見回す。そして、その人影を見つけた。

「……里奈」

 俺は里奈の腕を掴んで言った。

「何?」

 里奈は睨んでいた。今更何の用だと言われなくても伝わってくる。

「……場所変えよう」

「あ、ああ」

 里奈はそう言うと、先にスタスタと歩いていった。俺はそれに黙ってついていく。ストーカーと勘違いされないように何度かとなりを歩こうとするが、その度に里奈は速度を上げていった。仕方なく後ろを黙ってついていった。

 二十分ぐらい歩いただろうか。そこは、当時付き合っていた頃よく来ていた公園だった。春になると桜が綺麗な公園だが、今は落ち葉が沢山の茶色い公園だ。

「で、何の用?」

 里奈は近くのベンチに座るとそう言った。

「いや、なんだその……」

「あんたのことだから、どうせよりを戻してくれないか。とか言うと思ったんだけど」

「……確かにそれは言おうと思ったさ」

「へぇ、じゃあ他には?」

 里奈の表情は笑っていた。何もかもを見下すような目で、俺を見上げて笑っていた。

「あの時のことを謝りたかったんだ」

「……ああ。あれね。別に気にすることじゃないでしょ?」

「お前がそうでも俺は…………謝りたかったんだ。ずっと」

 冷たい秋風が吹いた。落ち葉が舞い、木々が音を立てる。

「……そっか」

 突然、里奈の声音が優しくなった。

「俺だって、こんなのやめなきゃっては思ってたんだけど…………」

「良いよ。もう気にしないで」

「……なら!」

「でもね。そのお誘いにはOK出来ない」

「なんでさ!?」

「またどこかで同じようなことになったらどうするの?」

 里奈は続けた。

「もうね。新しい人を見つけていった方がお互い幸せになれると思うの」

「…………」

 何も言えなかった。ただ黙っていることしか俺には出来なかった。

「じゃあね。私も久しぶりに会えて良かった」

 そう言うと、里奈は立ち上がり俺の横を通り抜けていった。しばらくして、冷静になった俺は里奈の後を追ったがもう見当たらなかった。

「里奈…………」

 俺は名前を呼んだが誰も返事をすることなく、ただ誰もいない空へと声は消えていった。

       ◆

       ◆

 あれからは里奈と会うことなく時が過ぎっていった。俺の数年越しの思いはあっけなく散っていった。でも、謝ることが出来た。それだけが救いだった。

 そして、俺は今日も電車に揺られて眠りについた。

 俺の中にある里奈の面影はどこに向かうのだろうか。それは誰も知ることはない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

面影はどこへ向かう? 星空青 @aohoshizora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る