Amniotic fluid

機織 了

Amniotic fluid

 世間は成功の成否から判断して、それを神の審判という。――――ラウベ『カール学院生徒』(一八四六)より



 「このように、かつては人間もほかの多くの動物と同じように自然交配、妊娠、出産の過程を経て誕生していたわけです」

 プランテーションの広報担当が読み慣れた戯曲をそらんじるように言った。

 廊下の両脇には明るく清潔な個室が続いており、なかでは白い作業着に覆われたスタッフたちがズラリと並んだカプセルを覗き込んでいた。彼らは手元の端末に何やら打ち込むと、ひとりがカプセルの上のコックを捻った。するとチューブを赤褐色の液体が流れていき、その先に繋がれた肉色の物体に消えていった。

「ここでは発生後四週間から八週間ほどの胎児が育成されています。ここである程度の大きさまで育てられた胎児は―――――」

 俺は同僚の説明を聞きながら、ふと意識が遠くなりそうなのを必死に堪えていた。白状すると単なる眠気なのだが、毎日見学ツアーの引率の度に全く同じ説明を聞いているのだから無理もないと思う。

「これでは誰が誰の赤ちゃんか分からなくなってしまうのでは?」

男子生徒のひとりが言った。髪は黒く目が青い。黒髪で眼球が派手な色の子どもは日本人顧客に多いオーダーだ。

「各個体は首筋に埋め込まれたマイクロチップによって完璧に管理されていますので、個体の取り違えは起こりえません。これは余談ですが、当プランテーションでは胎児に段階的な免疫獲得処置を施していて、月齢ごとに空気中の清浄レベルを変えてあります。ですので、空気感染などのトラブルを防ぐために目的の個体以外を室外に出すとアラートが鳴るようにしてあります」

 マイクロチップによって我々現代人が管理されていることなど、この生徒だってとっくに知っているはずだが。今や’’マイチップ‘‘の照合なくしては買い物すらできやしない。とはいえ、案内役が回答しやすい模範的な質問というのは大事だ。ロールプレイングというやつだな。

 今日は楽な仕事になりそうだという淡い期待はSOルームに差し掛かったときに打ち砕かれた。説明を聞いていた客の男が騒ぎ出したからである。

「何がソートだ! こんなの、やってることは人殺しじゃないか!」

 あーまたかと溜息が出そうになるが、煽ってこっちに火の粉が飛んでくるのは避けたいし、説明役の同僚には助けてやるほどの義理もないので黙っておいた。

「ですから、我々は選別を推奨しているわけではなく、あくまで”両親となるお客様”のご希望でおこなっているに過ぎません」

「そうやってひとりだけ残して、あとの十人だか百人だかを殺すんだろうが!」

 男は鮮やかな赤髪をしていたが、肌は黄色人種のそれだった。白人以外の遺伝子に赤髪を定着させるのは難しい。それこそ徹底した選別が必要になるだろう。

「より強く、より美しくという品種改良の歴史は人類の繁栄の歴史そのものです。あなただって病弱な子どもより健康な子どもが欲しいでしょう。農業や畜産だってそうして発展してきたのですよ」

あー最後のはよくないね。ほら「人間を家畜と一緒にするな」って言いだした。


 「で、結局見学会はどうなったわけ?」

 彼女は紅茶に入れたミルクをかき混ぜると、両手に持ったカップの片方を俺の前に置いた。うむ、やはりミルクは成分無調整に限るな。

「いや実はそのうるさいおっさんの後ろで別のおっさんが泣き出してさ。なんか、『子どもたちがかわいそうだ』って言うんだよね。あの段階の胎児に痛覚とか、まして感情なんてないだろうに」

「まあ、あなたのそのドライなところは嫌いじゃないけれど。案外親になってみたら考え方変わるかもよ」

「まさか。俺は科学の発展には感謝してるんだ」


   *****


 「番号札三十四番でお待ちの患者様ー。診察室六番にお入りください」

 はっと我に返ると手にはおよそ五時間前、受付開始時刻と同時にもらった番号札があった。どうやら眠ってしまっていたようだ。

 妻とともに診察室へ入ると、老いた医師はクリップボードを俺たちに渡した。留められた用紙には「出生前診断同意書」とあった。俺は医師が差し出すペンを手に取った。

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