第109話 ナマケモノ

 金田一

「はい、お次は誰かな?ほんとに忙しいな」


 司会

「そうですね。がんばって審議を続けましょう。次はナマケモノです。初登場です、どうぞナマケモノさん入ってください」

 ゆっくりとナマケモノが会場に入ってきた。


 あゆみが遅い。


 ナマケモノ

「はじめまして」


 司会

「はい、はじめまして。よろしくお願いします。やっぱりナマケモノさんは動作がゆっくりですね」


 ナマケモノ

「そうなんです。普段からあんまり体を動かすことがないんで」


 司会

「さてナマケモノさん、今日は何を提訴されますか?先程のアホウドリさんの例を鑑みて何となく予想がついてますが」


 ナマケモノ

「はい。やっぱり名前のナマケモノに対して少し言いたいことがあります」


 司会

「やっぱりナマケモノと呼ばれるのは嫌ですか?」


 ナマケモノ

「いや、誰でも嫌でしょう?こんな名前は」


 司会

「はい私も休みの日、ゴロゴロしてたら家内から『ナマケモノ』と言われて寂しい思いをしています。でもどう見ても、ナマケモノさんは生態からしてぴったりな名前だと私は思うんですけれども」


 ナマケモノ

「それは人間の観点から見た場合です」


 司会

「え?違うんですか?」


 ナマケモノ

「はい、それを今から話したいと思います」


 司会

「はい、よろしくお願いします」


 ナマケモノ

「私たちはそのゆっくりとした動作からナマケモノという呼び名がつきました。英語名の Sloth も同じで『怠惰やものぐさ』を意味します」


 司会

「アホウドリさんと違い、洋の東西を問わずに『怠惰』と認定されたわけですね」


 ナマケモノ

「はい。生涯のほとんどを樹にぶら下がって過ごします。週に1回程度、樹上から降り、地上で排便を行います」


 司会

「排便は週に一回なんですか?」


 ナマケモノ

「はい。ですから16世紀にヨーロッパに初めて紹介された当初は、餌を全く摂らず、風から栄養を摂取する動物だと考えられました」


 司会

「仙人ですね、まるで」


 ナマケモノ

「しかし実際には1日に8gほどの植物を摂取しています」


 司会

「え?たった8グラムですか?」


 ナマケモノ

「はい、私たちは外気に合わせて体温を変化させることにより代謝を抑えているんです。つまり、哺乳類では珍しい変温動物なんです」


 司会

「えー、変温動物だったんですか?金田一先生ご存知でしたか?」


 金田一

「はい、ヘビなどの爬虫類と同じですね。ちなみに同じような生態・体重であるコアラは恒温動物で、その日当たり摂食量は500gとナマケモノさんより桁違いに多いですね」


 ナマケモノ

「さすがは金田一先生よくご存知ですね」


 司会

「生態はよく分かりましたので今日の提訴内容をはっきりおっしゃってください」


 ナマケモノ

「はい。変温動物であるわれわれは素早い動作をする必要は全くないんです。ですから決して怠けているわけではなく『我々のペース』で生活してるだけなので名前を変更して欲しいのです」


 金田一

「分りました。では明日からはナマケモノとは呼ばず『動かざること山の如し』としましょう」


 司会

「いいですね、それ。なんかどっしりとした安定感を感じますね」


 金田一

「私の好きな武田信玄の言葉『風林火山』から取りましたのでリスペクトも入ってます」


 司会

「名前としては少し長いですが、すぐ慣れますよね。ナマケモノさんいかがでしょうか?」


 動かざること山の如し

「はい。いい名前だと思います。ありがとうございます」






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