第89話 バク

 金田一

「さて、お次は誰かな?」


 司会

「次はバクですね。初登場です。ではバクさんどうぞ」


 バク

「はい、今日はよろしくお願いします。初登場で緊張してます」


 司会

「まぁ、そう緊張なさらなくても結構ですよ。早速ですがバクさんの今日の提訴は何でしょうか?」


 バク

「やはり『バクは夢を食う』ですね」


 司会

「あ、よく言いますよね。そもそも我々人間界ではバクさんは『夢を食べる動物』として定着しています」


 バク

「はい。それはよくわかってます。けれども、なんで私たちが夢を食べる動物なんでしょうか?」


 司会

「たしかに、なんででしょうかね?」


 バク

「私たちの主食は草とか柔らかい木の葉などなんです。夢なんて決して食べません。ていうかそもそも夢って食べ物じゃないでしょう?」


 司会

「言われてみればそうですね。という事は今日の提訴内容はこの言葉の変更ということですか?」


 バク

「はいそうです。先ほど観客席で聞いていましたが『夫婦喧嘩は犬も食わない』って言うのが出てきましたね。食べ物でない『夫婦喧嘩』を題材としているのを聞いたのでぜひとも私たちも同じ土俵に上げて欲しいのです」


 司会

「なるほど、よくわかりました。という事ですが、金田一先生よろしくお願いします」


 金田一

「中国ではバクは鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラにそれぞれ似ている動物とされていました」


 司会

「まさに、今来ているバクさんの姿そのものですね」


 金田一

「さらに、中国のバク伝説では、バクの毛皮を座布団や寝具に用いると疾病や悪気を避けるといわれ、バクの絵を描いて邪気を払う風習もあり、唐代には屏風にバクが描かれることもありました」


 司会

「なるほど、いわゆる疫病退散の御守りですね」


 金田一

「はい。こうした俗信が日本に伝わり、『悪気、悪夢を払う』が転じて『悪夢を食べる』と解釈されるようになったと考えられています」


 バク

「それはちょっと買いかぶりすぎですよ」


 金田一

「さらに悪夢を見た後に『この夢はバクにあげます』と唱えるとその悪夢を二度と見ないで済むそうだと信じられました」


 バク

「いや、だから、買いかぶり過ぎですって!」


 金田一

「さらに、日本の室町時代末期には、バクの図やは縁起物として用いられました。正月に良い初夢を見るために枕の下に宝船の絵を敷く際、悪い夢を見てもバクが食べてくれるようにと、船の帆に『バク』と書く風習も見られたほどです。まあバクさんは悪い夢を見た時の保険だったんですね」


 司会

「バクさん、こうなったらもうヒーロー扱いですよね」


 金田一

「さらに、江戸時代にはバクを描いた札が縁起物として流行し、箱枕にバクの絵が描かれたりバクの形をした『バク枕』が作られることもありました」


 司会

「なんか今の話を聞いて、現在のコロナウイルスに対する『アマビエ』を連想しました」


 金田一

「ですから明日からは『バクは夢を食べる』ではなく『バクはコロナを食べる』ではいかがでしょうか?」


 司会

「いいですね。今はもう誰でも助けが欲しい時ですからね」


 金田一

「おそらく日本政府も歓迎すると思います。いるかいないか分からない妖怪の『アマビエ』に頼るよりも、現存するバクさんに頼んだ方が日本国民も頼みがいがあると私は思います」


 司会

「バクさん、どうですか?」


 バク

「いいですね。今まで夢を食べるのは、あまり社会貢献を感じなかったんですけれども、コロナを食べれば今の人々から賛同を得られると思います」


 司会

「それは間違いないですよ。今は誰でも『ワラにもすがる思い』ですから」


 バク

「わかりました。喜んでお引き受けします。今日はどうもありがとうございました」




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