第57話 牛 2回目


金田一

「はい、次は誰かな?」


司会

「次はまたもや牛ですねで。は牛さんどうぞ」


チリンチリンと首の鈴の音がして、乳牛がゆっくり入ってきた。


「こんにちは」


司会

「相変わらず牛歩でのゆっくり登場ですね。牛さんどうも。今日は何を提訴されますか」


「あのー、『牛のよだれ』を提訴したいと思います」


司会

「あ、『牛の涎のような』は長い演説とか愚にもつかない話の時によく使いますよね。私の家内の説教がまさにこれに当たります」


「そうなの。今日はそのことわざを変えて欲しいの」


司会

「しかしあなた方のよだれは、いつもダラッとしていて長いモノの例えとしてはいいように、私個人としては思うんですが」


「そうかしら?長いものを例えるにしては不適切だと私は思うの」


司会

「といいますと?」


「ご存知のように、私たち牛の背の高さは1メートル位です」


司会

「そうですよね」


「つまり、私たちの口の位置は地上から約60-80センチ位のところです」


司会

「はい、いつももぐもぐやってますよね。草原でよく見かける風景です」


「そうですよね。つまり地上60-80センチ位の高さからよだれを垂らしてもマックス地上まで80センチの長さですよね」


司会

「それはそうですよね。モノの道理です」


「つまりあなた方の『長いものの例え』としては80センチじゃぁ少ないと思うんですがいかがでしょうか?」


司会

「言われてみたらそうですよね」


「例えばキリンの首なんていうのは3メートルぐらいありますよね。また、長い蛇の胴体は10メートルぐらいありますよね」


司会

「あります、あります」


「なんで私たちの80センチのよだれが『長いもの』になっているのかがよくわかりません。これが今日の提訴内容です」


司会

「なるほど。おっしゃる意味がよくわかりました。金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「牛さん、これはちょっと勘違いですね」


「え?勘違いといいますと?」


金田一

「単なる『長さ勝負』の話じゃないんです。長さ勝負だとおっしゃる通り、キリンや蛇や像の鼻が間違いなく長いです」


「え?長さ勝負ではないんですか?」


金田一

「はい。ズバリ『粘り気』なんです。あなた達の涎のあのダラッとした粘り気のことを我々人間は称して『牛のよだれ』と言っているのです。つまり焦点は長さではなく『粘り』に対してわれわれは評価しているわけです」


「粘りですか?じゃあ納豆とかオクラとか、他にも粘るものはたくさんあるじゃないですか」


金田一

「やはり我々人間としては『粘る』と言う事の代表格として身近な牛さんを例えとして使ったわけですこの辺は理解してください」


「理解はしますが、何か悪いことの例えなので納得し難いわ」


金田一

「いや、誤解ですよ。これは昔はいい意味で使われたのです」


「え?いい意味だったんですか?」


金田一

「はい、昔は『商(あきない)は牛の涎のごとし』と言われました。解説は『商売は、牛のよだれが切れ目なく長く垂れるように、気長く努力せよ』ということです」


「まあ、昔はそんな意味だったんですか。なんか嬉しいわ」


金田一

「はい、お気に召しましたなら明日からはもう一度昔の意味に戻しますがいかがでしょうか?」


「はい、そう願います」


司会

「よかったですね。もちろん、すぐには元の意味に戻らないと思いますが『牛の涎』のように粘って普及させます」


「ありがとうございました」

チリンチリンの音がゆっくりと去って行った。

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